1994年5月26日、ケンタッキー州ユニオンでの出来事である。その日の朝、午前5時頃に起きたクレイ・シュラウト(17)は、両親と2人の妹をそれぞれの寝室で殺害した。
ハーヴェイ・シュラウト(43)
レベッカ・シュラウト(44)
クリステン・シュラウト(14)
ローレン・シュラウト(12)
いずれもコルト製の拳銃で頭を撃たれていた。
この事件は不可解な点が多いので、シュラウトの供述を引用しながら話を進めよう。どうして家族を皆殺しにしなければならなかったのか?
「両親が俺の武器を奪ってしまったんだ。それがどうにも許せなかった」
数日前、シュラウトは学校にスタンガンを持ち込んで、教師にこっぴどく叱られていた。両親からもこっぴどく叱られて、空気銃やハンティングナイフ、ヌンチャクといった「護身用」と彼が主張する武器を取り上げられてしまったのだ。しかし、それだけの理由で?
「両親には以前から辟易していた。俺を型にはめようとするんだ。例えば、俺は大学に進学しなければならないらしい。俺が生まれる前から決まっていたんだ。俺が本当にやりたいことも聞かずに、予め決めてやがったんだよ」
やはり数日前、シュラウトは英語の授業で赤点を取っていた。そのことも動機の一端を担っていると思われる。だが、それならば妹まで殺すことはなかったじゃないか?
「妹たちには悪いことをしたが、両親がいない状態で生きて行くことは酷だと思ったんだ。それに彼女たちを生かしていれば、警察に通報するに決まっている。それはちょっと困るんだよ」
何とも身勝手な動機である。
その後、シュラウトは家にあるだけの金を奪って、車で気ままな旅に出ることを考えていたが、どういうわけか考えを改め、今では別の学校に通っているかつての恋人宅へと向かった。そして、彼女を銃で脅して人質に取り、彼が通うライル高校へと向かった。いったいどうして?
「思い出せないんだ、どうしてそんなことをしたのか。とにかく混乱していたんだよ」
午前8時35分頃、シュラウトは元恋人と共に数学の教室に乱入し、22人の生徒と教師のキャロル・カナブロウスキに銃を向けて、このように叫んだ。
「お前らを人質にする! ドアの鍵を掛けろ!」
生徒や教師を人質に取った意味が判らない。何しろシュラウトには何の目的もないのだから。この点、彼は己れに赤点を下した英語教師を殺しに行ったのではないかとの指摘もあるが、彼はその引き渡しも要求していない。ただ漫然と立て籠っただけなのだ。アップル・ジュースを飲みながら。
やがて立て籠り事件は学校側の知るところとなった。警察に通報されたのは午前8時46分のことである。
間もなく、教頭のスティーヴン・ソレルは教室のドアを叩き、シュラウトと交渉した。
「生徒たちを解放してくれないか?」
「いやだね」
「では、話し合いをしよう」
「どうして話し合わなければならないんだ?」
「では、私が人質になる。その代わりに生徒たちを解放してくれないか?」
「いいね。それで行こう」
かくして生徒とカナブロウスキは解放された。その後はシュラウトとソレルが教室の中で2人きりだ。そして、午前8時52分に地元警官が銃を構えて学校に入る様を窓から目撃していたシュラウトは、あっさりと降伏の意思をあらわにした。彼を逮捕した警官曰く、
「銃を奪い、手錠を掛けるまでに20秒とかかりませんでした」
法廷において、シュラウトは精神異常を理由に死刑は免れ、終身刑を宣告された。25年間は仮釈放は認められないが、彼を取り調べた捜査官はこのように語っている。
「あいつは釈放されれば、必ずまた殺人を犯すでしょう。間違いありません」
(2013年1月26日/岸田裁月) |