1931年6月1日、ロンドンの北西、スクラッチウッドのゴミ溜めを漁っていた浮浪者が、ゴミの中から宙に突き出す人間の腕を発見した。遺体は中年男性で、死後2〜3日は経過している。死因はバール状の凶器による撲殺である。鼻と左のこめかみ、顎が砕かれ、それは酷い有り様だった。
間もなく前腕部の刺青から身元が割れた。「ピッグスティッカー」という綽名で知られる日雇い労働者、ハーバート・エアーズ(45)だった。
当時のこの地域は浮浪者や日雇い労働者で溢れていた。いわゆるドヤ街というやつで、かなりガラの悪い地域だったのである。おそらく、そうした仲間内の犯行だろう。
やがてジョン・アームストロングという男からタレ込みがあった。
「あれは5月30日のことです。ティギーとムーシュの2人がピッグスティッカーと揉めていました。多分あいつらの仕業ですぜ」
その日のうちにティギーことオリヴァー・ニューマン(61)と、ムーシュことウィリアム・シェリー(57)が逮捕された。ニューマンの部屋からは血まみれの斧が発見された。その背の部分の形状はエアーズの傷と一致した。
では、何故に殺したのか? どうやらエアーズが2人から食い物を盗んだようなのだ。それでその報復として「筋を通すため」に殺したというのだが、なんともスケールの小さな争いである。
なお、ゴミの山に埋めた筈の腕が突き出してしまったのは、死後硬直が原因らしい。
かくして殺人容疑で有罪になった両名は、同年8月5日に絞首刑により処刑された。
(2012年10月27日/岸田裁月)
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