マンチェスター近郊の街、バリーで起こった信じられない事件である。
57歳のジョセフ・ホールデンは、娘のメアリー・ドーズに引き取られるまでは救貧院で暮らしていた。元々は腕のいい旋盤工で、だからこそ7人もの子供を育て上げることが出来たのだが、妻に先立たれてからは酒に溺れ始め、遂には職を失うに至ったのである。
今ではアル中の父親を引き取ろうとする子供は一人もいなかった。そこで已むなく救貧院のお世話になっていたわけだが、どうにかメアリーだけが引き取りに応じた。ところが、すぐさま大喧嘩が勃発する。ホールデンが酒をやめないのだ。否。やめないどころか、真っ昼間から浴びるように飲んでいる。
「お父さん、お酒はやめるって約束でしょ! 子供の教育にも悪いわ! 守れないんなら、この家から出て行ってちょうだい!」
数日後の1900年9月5日、メアリーの息子、ジョン・ドーズ(8)の遺体が自宅付近の採石場で発見された。水溜めに顔を押し込まれて溺死していたのだ。
ジョセフ・ホールデンは警察に出頭し、己れの犯行であることを告白した。どうして殺したんだと問われると、彼はこう答えた。
「娘に仕返ししてやったんだ」
(I did it to get even with her.)
実はホールデンは2週間前にも、引き取りを拒否した娘の息子に危害を加えていた。石を頭に投げつけたのだ。また、メアリーの別の息子、ジミー(4)にも前日に危害を加えていた。血を流して帰宅したジミーは、
「おじいちゃんがぼくをころそうとした」
と母に訴えたが、まさかそんなことはあるまいと聞き流してしまったのだ。
誰がどう見ても極めて異常な事件であり、ジョセフ・ホールデンには精神疾患があるのではないかと疑われたが、専門家のお見立てによれば異常なし。かくして、殺人容疑で有罪となったホールデンは、同年12月4日に絞首刑により処刑された。
おそらくホールデンには「育ててあげたんだから、老後の面倒を見るのは当り前」との了見があったのだろうが、だからといって孫を殺していいわけはない。とんだお門違いである。
(2012年10月21日/岸田裁月)
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