フレデリック・ブラウン(左)
ウィリアム・ケネディー(右)
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1927年9月27日早朝、エセックス州ハウ・グリーンの田舎道で、巡査の遺体が郵便配達人により発見された。ジョージ・ガターリッジ(36)。顔面を銃で4発も撃たれている(うちの2発はそれぞれの眼)。右手には鉛筆が握られていることから、不審者を尋問中に撃たれたのだろう。
間もなくサウス・ロンドンで、車体に血が付着したモーリス社製の車が乗り捨てられているのが発見された。ガターリッジ巡査が殺害された晩に、15kmほど離れた場所で盗まれたものだ。助手席には薬莢が落ちている。この車を盗んだ者が殺人犯と見て間違いないだろう。
4ケ月後の12月20日、別件の自動車窃盗の容疑でフレデリック・ブラウン(46)が逮捕された。これまでにも強盗や窃盗を繰り返して来た前科者である。その居所や車の中からいくつもの銃が押収されたが、うちの一つ、ウェブリー・リボルバーが弾道検査により凶器の銃であることが確認された。
一方、相棒のウィリアム・ケネディー(42)も翌1月25日に逃亡先のリヴァプールで逮捕された。
かくして殺人容疑で有罪になったブラウンとケネディーの両名は、1928年5月31日に絞首刑により処刑された。
ちなみに、ガターリッジ巡査が両眼を撃たれていたことには理由があった。ブラウンは「人が最後に見た光景は網膜に焼きつけられる」という俗説を信じていたのだ。そこで証拠を隠滅するために両眼を撃ち抜いたのである。
そういえば手塚治虫の『ブラック・ジャック』にもそんな話があった。『春一番』というタイトルで、網膜の移植手術を受けた少女が、その日から見たこともない男の幻影を見るようになる。或る日、彼女は幻影とそっくりの男に出会い、心ときめく。
「えっ、これって初恋?」
などと浮かれていると殺されそうになる、という切ない物語だ。要するに、網膜の提供者は殺されていて、その犯人の顔が網膜に焼きつけられていたのである。で、移植の事実を知った犯人が証拠を隠滅するために彼女を殺そうとするのだ。手塚治虫が本件を知っていたか否かは不明だが、参考にしていたとしてもおかしくはない。
なお、『ブラック・ジャック』の『春一番』は、1977年に大林宣彦監督により『瞳の中の訪問者』のタイトルで映画化されている。私はテレビで観たのだが、ブラック・ジャックが宍戸錠なのには「これは違うんじゃないの?」との印象。但し『加山雄三のブラック・ジャック』よりは遥かにマトモだったと思う(『加山』の方でも『春一番』はドラマ化されている)。
(2012年10月6日/岸田裁月)
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