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クリストファー・トーマス
Christopher Thomas (アメリカ)


 

 1984年4月15日、ニューヨーク州ブルックリン。エンリケ・ベルムデスがタクシー運転手の仕事を終えて、自宅アパートに帰宅したのは午後7時頃のことだった。間もなく彼の叫び声が付近一帯に響き渡った。
「誰か来てくれ! みんな殺された!」

 ベッツィー・ベルムデス(14・エンリケの娘)
 マリリン・ベルムデス(10・同上)
 ヴァージニア・ロペス(エンリケの内妻)
 エディ・ロペス(7・ヴァージニアの息子)
 ホアン・ロペス(4・同上)
 カーメン・ペレス(同居人)
 ノエル・ペレス(カーメンの息子)
 アルベルト・ペレス(同上)
 ミグディリア・ペレス(14・カーメンの妹)
 マリア・ペレス(10・同上)

 うちの7人は居間のカウチでテレビを観ている状態で、頭を撃たれて絶命していた。2人の成人女性のうちの1人は、左手にチョコレート・プディングの器を、右手にはスプーンを持ったままだったという。現場に駆けつけた捜査官曰く、
「あんなに酷い現場は後にも先にも初めてだった。なにしろ部屋中が血みどろなんだ。誰もが言葉を失ったよ」
 唯一の生存者、生後11ケ月のクリスティナ・ペレスは血の海の中で泣き叫んでいた。
 検視解剖の結果、犯行には38口径と22口径の2つの銃が使用されたことが判明した。

 この手の犯行は麻薬取引を巡る争いに起因していることが多い。事実、ベルムデスにはヘロイン密売の前科があり、現在は仮釈放中だった。厳しく問いただしたところ、
「もうヤクには手を出してませんよ。更正に向けて地道に働いています」
「嘘偽りはないな?」
「信じて下さいよ、刑事さん。ただ…」
「ただ?」
「ついこの間のことなんですけどね、昔の売人仲間がうちに詰め寄って来たことがあるんですよ。妻を匿ってるんじゃないかと云い掛かりをつけて…」
「そいつは誰だ?」
「はい。クリストファー・トーマスという男です」

 その頃、件のクリストファー・トーマス(34)は、息子を預けていた保育所の職員を暴行したかどで逮捕されていた。間もなく実の母親を強姦したかどで追起訴された。いやはや、トンデモねえ無法者だ。こいつならあんなこともやりかねない。やがて、事件の晩に現場から走り去るトーマスの目撃者が2人現れた。かくして6月19日に再逮捕されたトーマスは、10件の殺人で有罪となり、終身刑が云い渡された。
 一件落着、と断言できないところが筆者としては辛いところだ。この事件、謎が多過ぎるのだ。
 まず、どうして被害者は逃げなかったのか? いずれもカウチでテレビを観ている状態で殺されていたのだ。誰かが撃たれれば残りは逃げ出すのが道理。その隙がなかったのならば、単独犯ではなかったのではないか? 事実、凶器は38口径と22口径の2つだ。
 また、検察が示した動機は「被告は妻とエンリケ・ベルムデスが不倫関係にあることを邪推して犯行に及んだ」とのことだが、ならばどうしてベルムデス自身は無傷なのだ? どうして関係のない同居人や子供たちばかりが殺されたのだ?
 おそらく犯人は複数、動機は当初の予測通りに麻薬を巡るトラブルなのだろう。そうでなければ状況を説明できない。

(2010年2月2日/岸田裁月) 


参考資料

『THE ENCYCLOPEDIA OF MASS MURDER』BRIAN LANE & WILFRED GREGG(HEADLINE)
http://beaudietl.powweb.com/page.php?id=120&PHPSESSID=c7ac8b2d392f02154c15d1dd0eef911f


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