アメリア・ダイアーが処刑された6年後、1902年に発覚した類似事件である。当時はこのような「里子殺し」が世界中で頻発していたのだなあ(我が国とて例外ではないことは服部隆の項を参照されたし)。
モグリの助産婦、アメリア・サッチ(32)はロンドンのイースト・フィンチリーで密かに産院を経営していた。客は主に未婚の女性だった。そして、産後にこのように持ち掛けた。
「30ポンド払っていただければ、お子さんの里親を探してあげますよ」
しかし、実際には探さなかった。アル中気味の使用人、アニー・ウォルターズ(54)に預けると、クロロダイン(クロロホルムとアヘンチンキを含有する鎮痛剤)を投与させて殺害していたのである。遺体はアメリア・ダイナーの場合と同様に、テムズ川に遺棄するか、土中に埋めるかしていたという。
事件が発覚したのは愚鈍な相棒、アニーのおかげだった。彼女は或る家に下宿していたのだが、そこの大家がなんと警察官だったのだ。しかも、あろうことか赤子の一人を持ち帰り、大家の奥方に見せて、
「可愛い女の子でしょ? 友達に預かるように頼まれたのよ」
「あら、可愛いわね。オムツを替えるのを手伝ってあげるわ」
ところが、オムツを外すとおちんちんがついている。
「この子、女の子じゃないわよお!」
ってなやりとりがあったりして、如何にも愚鈍な女である。しかし、数日後にその子が急死しても、大家はさして怪しまなかった。乳児の死亡率が当時はそれほど高かったのだ。だが、短い間に2人目ともなれば話は別だ。こいつは怪しいということでしょっぴかれて、全てを自供した次第である。
かくして赤子殺しで有罪となり、死刑を宣告された両名は、1903年2月3日に絞首刑に処された。彼女たちが殺した正確な数は不明だが、少なくとも20人に及ぶと見られている。
(2011年6月14日/岸田裁月)
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