ジョエル・リフキン
リフキンのピックアップトラック |
1993年6月28日午前3時15分頃、ニューヨーク州ロングアイランドのサザン・ステイト・パークウェイをパトロールしていた2人の巡査は、ナンバープレートのないマツダのピックアップトラックを発見した。サイレンを鳴らせども停まる様子は全くない。スピーカーで警告すると、今度はスピードを上げやがった! かくして5台のパトカーが応援に呼ばれて、恰もテレビドラマのようなカーチェイスが繰り広げられた。20分後、ミネオラに差し掛かった辺りで、ピックアップトラックはハンドルを切り損ねて街灯に激突。運転手はジョエル・リフキンという34歳の男だった。
リフキンは口髭を生やしていたが、奇妙なことにその上にはクリーム状のものがべっとりと塗られていた。やがて巡査たちは異臭に気づいた。どうやらトラックの荷台から漂ってくる。中を覗くと、青いビニールシートに包まれた女性の遺体が積み込まれていた。かなり腐敗しており、死後3日は経っている。だからこいつは停まらなかったし、鼻の下に臭い消しのクリームを塗っていたのだ。映画『羊たちの沈黙』には検視に立ち会うジョディ・フォスターが鼻の下にクリームを塗る場面がある。あれの真似をしたのだろう。
巡査は訊ねた。
「遺体は誰だ?」
リフキンは答えた。
「売春婦です。マンハッタンのアレン・ストリートで拾いました。名前は知りません」
巡査は訊ね返した。
「どうして殺したんだ?」
リフキンは答えた。
「セックスをした後に揉めごとになって、それで首を絞めてしまったんです」
その後に彼はこうつけ加えた。
「ところで、おまわりさん。私に弁護士は必要でしょうか?」
もちろん必要だともよ。
早速、リフキンが母親と暮らすイーストメドウの自宅を捜索すると、出て来るわ出て来るわ、疑わしいもののオンパレードだ。女ものの装身具や衣類に下着、IDカードにクレジットカード。捜査官は思わずつぶやいた。
「こりゃ1人だけじゃねえな」
ガレージの手押し車には血だまりがあった。また、チェーンソーには人肉が付着していた。
「えらいこっちゃ。こりゃ相当な大物だぞ」
厳しい追及の結果、リフキンは1989年から93年にかけて、17人の売春婦を殺害したことを認めた。車の中で殺すこともあれば、母親が留守の間に自宅で殺すこともあった。ほとんどの場合が絞殺だった。
モーテルで殺してしまった時には、アルフレッド・ヒッチコック監督の映画『フレンジー』に習って、トランクケースで遺体を運び出した。
そして、遺体を解体してハドソン川などに棄てた。もっとも、末期には犯行はだいぶ杜撰になっていて、解体せずに投棄していた。「俺は捕まらない」という慢心ゆえに、ナンバープレートのない車で遺体を棄てに行くようなヘマをやらかしてしまったのである。
ジョエル・リフキンは1959年1月20日、ニューヨークで生まれた。両親は未婚の大学生だった。故に経済力がなく、生後3週間にして彼はリフキン夫妻のもとに養子に出された。
学校ではいじめられっ子だった。悪ガキ共は猫背でノロマのリフキンを「亀(The Turtle)」と呼んでバカにした。IQは128と高かったのだが、残念なことに失読症を患っていたのである。
リフキンに対するいじめは相当に酷いものだったようだ。女子の前でパンツを脱がす。弁当箱や教科書を隠す。便器に顔を押し込むこともあったというから呆れてしまう。
参考資料の中に「リフキンは典型的なナードだった」との記述を見つけて私は腹を立てた。いやいや、リフキンへのいじめはナードへのそれを越えているだろう。なにしろ、初デートの時にジョック共に見つかって、生卵を投げつけられたのだから。これではどうにかなってしまっても仕方がない。モンスターを作り上げたのは、彼をいじめた連中なのだ。
高校を卒業したリフキンは大学に進学するも、ちょいちょい転籍し、いずれも卒業するには至らなかった。やがて働き始めるが、いずれの職場でも長続きはしなかった。どうしようもないノロマだったようだ…。
先ほどは彼をいじめた連中に腹を立てたが、彼がいじめられるのにはそれなりの理由があったのだろう。何をやらせてもダメな奴、何をやらせてもノロマな奴は確かにこの世の中に存在する。リフキンもその一人だったのだ。
やがて買春することを覚えたリフキンは、あろうことか売春婦にさえもバカにされた。
「前払いよ」
と云われて金を差し出して、そのままトンズラされることがしばしばだったのだ。この辺りで彼の怒りは頂点に達した。
「ならばバカにされる前に殺ったろうじゃないか!」
かくしてニューヨーク最悪の連続殺人鬼は誕生したのである。
ジョエル・リフキンは立証可能な9件の殺人でのみ裁かれて有罪となり、終身刑が云い渡された。仮釈放が認められるのは2197年以降である。それまで生きていればの話だが。
なお、リフキンは1994年に獄中で大量殺人犯のコリン・ファーガソンと大喧嘩をしている。それはファーガソンが電話をしている時の出来事だった。隣のリフキンが余りにもうるさいので、ファーガソンが注意をした。すると、リフキンがこれに喰ってかかった。ファーガソンは云った。
「俺は6人の悪魔(=白人男性)を始末した。だが、お前が殺したのは女ばかりじゃないか!」
これを受けてリフキンは云い返した。
「ああ、そうだが、俺はお前よりたくさん殺してるよ」
カッとなったファーガソンはリフキンの顔面を殴りつけた。塀の中でもいじめられっ子のリフキンは、今もなお獄中にいる。
(2011年2月22日/岸田裁月) |