1903年、ルーマニアの首都ブカレストの裕福な家庭に生まれたヴェラ・レンツィは、我が儘放題に育てられたのか、問題の多い少女だった。15歳の頃から家出の常習犯で、その殆どが駆落ちだった。相手はいつも年上の男。背伸びがしたいお年頃だったのだろう。しかし、彼女の異常な嫉妬深さ故にいずれも長続きはせず、すぐに帰って来てはまた駆落ち。その繰り返しだった。
最初の結婚が何歳の時だったのかは詳らかではないが、とにかくヴェラはかなり年嵩の実業家と結婚し、間もなく一男をもうけた。ところが、数年後には夫は行方不明になってしまう。当然ながら隣人たちは不審に思う。彼女は涙ながらに弁明する。
「あの人、愛人をこさえていたの。その女と逃げたのよ」
まあ、そういうこともあるかもね。隣人たちはさして疑わず、その時は事件にはならなかった。
1年後、傷心が癒えたヴェラは再婚する。このたびのお相手はほぼ同年齢の男だった。ところが、こいつもまた1ケ月ほどで行方不明になっちまう。
また逃げられたってか?
彼女の性格を知っていれば、この辺りで怪しむべきなのだが、やはり事件にはならなかった。
その後のヴェラは色に狂ったかのように、男という男を取っ替え引っ替え自宅に引き摺り込んだ。相手は未婚既婚を問わなかった。そのほとんどが数週間でいなくなった。中には僅か数日でいなくなる者もいた。
最後に引き摺り込まれた男は既婚者だった。その妻がヴェラを疑い、ようやく警察に通報した。家宅捜索に出向いた警察は仰天した。その地下室には32もの棺が並んでいたのだ。つまり、ヴェラ・レンツィという女は、殺害した愛人すべての遺体を保存していたのである。
すべては彼女の異常な嫉妬深さが為せる業だった。少しでも気のない素振りを見せたらアウト。砒素を盛られてしまうのだ。
彼女はまた、実の息子も殺害していた。地下室の棺を発見されて、已むなく殺害したのである。2人の夫も含めて合計35人なり。いやあ、殺した、殺した。盛大に殺した。ここまで盛大に殺してくれると、却って清々しく思えてしまう。
なお、ヴェラは夜な夜な地下室に出向き、肘掛け椅子に腰を降ろすと、累々と並ぶ棺を眺めながら一人悦に入っていたという。真偽は不明だが、真実ならば変態だ。
結局、ヴェラは35件の殺人で有罪となり、終身刑を宣告された。獄中で死亡したようだが、いつ死んだのかは判らない。
(2010年12月11日/岸田裁月) |