イングランド南部のハンプシャー州アンドーヴァーで家畜仲買業を営んでいたロジャー・ペインズ(41)は、厳格な教義で知られるプリマス同胞派の熱心な信者だった。
そんな彼に受難が訪れたのは1973年11月のことだった。具体的なことは不明だが、教義に背いたことをしたために「黙る(shut up)」ことを強要されたのだ。いわば村八分である。彼の妻や子供たちも彼のことを避けるように指導された。家族と共に食事をし、共に遊び、共に寝ることの出来ない日々を強いられたのである。
この仕打ちはペインズにとって極めて苦痛だったようだ。次第に睡眠薬に頼るようになり、翌1974年2月下旬には過剰摂取で病院に運ばれた。それでも戒めは解かれなかった。事態を案じた医師が妻に進言した。
「ご家族の間だけでも戒めを解かれては如何ですか?」
ところが、妻はこれを拒んだ。
「これは夫と神の間の問題なのです。門外漢は口を出さないで下さい」
はあ、さいですかとしか答えられない。だが、このままではトンデモないことが起こるであろうことは、医師には予想がついていた。それほどにペインズはテンパっていたのだ。
半月後の3月5日、ペインズ家を訪れた郵便局員は、天井からぶら下がるロジャー・ペインズの姿を発見した。彼は前日の晩、妻と子供たちを斧で惨殺した後に自殺したのだ。
パメラ・ペインズ(39)
グレアム・ペインズ(7)
アンジェラ・ペインズ(6)
エイドリアン・ペインズ(4)
室内にはロジャーの遺書が残されていた。
「これほど邪悪な男は他にいない。
この家は明け渡さなければならない。
君は同胞のもとへ行け。
彼らは必ず受け入れてくれるだろう。
君と子供たちのために神に祈る。
神は間もなく現れる」
何を信仰しようと勝手だが、ここまで人を追いつめる宗教ってどうなのよ。
神も仏もありゃしない。これが数々の殺人事件を見聞きして来た私の実感である。
(2011年5月30日/岸田裁月)
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