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キアーナン・ケリー
Kiernan Kelly (イギリス)


 

 ブライアン・レーン著『連続殺人紳士録』はキアーナン・ケリーの犯行動機について、冒頭でこのように記している。

「キアーナン・ケリーは54歳を迎えるまでに、ある異常な妄想に取り憑かれるようになっていた。まず手始めに浮浪者に激しい憎しみを抱いた…。彼自身浮浪者だったことを思うと、何とも奇妙な話である」

 つまり、自身も浮浪者のくせに、浮浪者に対して異常なまでの憎悪を抱き、犯行に及んだというのだ。にわかに信じられない話だ。ただ単に、浮浪者としか付き合いがなかっただけなのではないだろうか?

 アイルランド生まれのケリーは、1953年にイギリスに渡って以来、ちょいちょい警察のお世話になっていた。浮浪者殺しの容疑で起訴されたことも2度ほどある(1件は未遂)。しかし、いずれも証拠不十分で無罪放免になっている。
 ところが、このたびは有罪を免れることは出来なかった。なにしろ、犯行現場が警察の留置場だったのだ。泥酔した挙げ句にロンドン南西部クラパム署にしょっぴかれたケリーは、同じく泥酔して大声で唄うウィリアム・ボイド(45)に腹を立て、靴紐で絞め殺したのである。1983年8月のことである。

 云い逃れが出来ないことは馬鹿でも判る。観念したケリーは1975年から今日に至るまで、9人の浮浪者を殺害したことを認めた。「浮浪者を憎悪していた」というよりも、酒の席での口論の挙げ句の犯行という印象だ。極めて短気な男だったのだろう。
 結局、1975年のヘクター・フィッシャーと、ウィリアム・ボイドの件でのみ裁かれたケリーには終身刑が云い渡された。その際、精神科医はこのように証言したという。
「被告人は刑罰による矯正も、治療による治癒も不可能である」
 つまり、サジを投げられたというわけだ。

(2009年11月28日/岸田裁月) 


参考資料

『連続殺人紳士録』ブライアン・レーン&ウィルフレッド・グレッグ著(中央アート出版社)


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