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カール・ハルトン
ベティ・ジョーンズ

Karl Hulton & Betty Jones (イギリス)



映画『ハマースミスの6日間』

 1944年10月7日、第二次大戦下のロンドン近郊ステインズでの出来事である。タクシー運転手、ジョージ・ヒース(34)の遺体が道路脇の側溝で発見された。死因は銃殺だった。そばには彼の商売道具、フォードV8のタイヤ痕が残されていた。おそらく強盗目的の客に殺されたのだろう。

 翌日、奪われたフォードはハマースミスのフルハム・パレス・ロードで発見された。やがてフォードに乗り込もうとする米軍兵が、現場で見張っていた警官に取り押さえられた。リッキー・アレンと名乗るその男は、本名カール・ハルトン(22)という脱走兵だった。
 ジョージ・ヒースが殺された晩、すなわち10月6日のアリバイを訊かれたハルトンは、恋人のショーガール、ジョージナ・グレイソンこと本名ベティ・ジョーンズ(18)と一緒にいたと主張した。この主張は正しかった。たしかに2人は一緒にいた。しかし、2人がいたのは自宅ではない。犯行現場だったのだ。

 ハルトンがベティに出会ったのは犯行の僅か3日前、10月3日のことだった。芸能界に憧れて上京したウェールズ出身の田舎娘は「シカゴのギャング」を自称するハルトンに眼を輝かせ、
「ねえ、シカゴってカポネがいたとこでしょ?」
「ああ、そうさ」
「会ったことある?」
「俺がこの世界に入った頃にはもう御用になってたからなあ」
「あら残念。で、どんなことしてたの?」
「悪いことなら何でもやったさ」
「強盗とか?」
「ああ」
「…人を殺したこと、ある?」
「もちろん。その数は憶えちゃいねえけどな」
 以上の会話はあくまでも私の想像である。御容赦願いたい。ただ、ベティがギャングの世界に魅力を感じ、酔い痴れていたことは間違いないのだ。彼女は犯行後に友人にこのように打ち明けていたのである。
「もし、あたしが見たことをあなたが見たら、きっと眠れないと思うわ」
(If you had seen what I have seen, you would not be able to sleep.)

 尋問されたベティはあっさりと、ハルトンがタクシー運転手を撃ち、彼の命令で金目のものを奪ったことを認めた。
 これに対してハルトンは、強盗しようと云い出したのはベティだったと主張した。
「撃ったのもあいつです。俺は止めたんですよ」
 後にこのように供述を変えた。
「あれは暴発だったんです。ベティと口論になった挙げ句に銃が暴発したんですよ」
 んなこと信じられるかい。誰がどう考えてもハルトンに分はなかった。

 結局、両名共に有罪となり、死刑判決が下された。ハルトンは1945年3月8日に処刑されたが、ベティは処刑2日前に終身刑に減刑されて、1954年1月には釈放されたという。その後は行方知れずである。

 なお、本件は1990年に『Chicago Joe and the Showgirl(邦題『ハマースミスの6日間』)』のタイトルで映画化されている。ハルトンを演じたのはキーファー・サザーランド。ジャック・バウアーの人である。

(2009年11月24日/岸田裁月) 


参考文献

『LADY KILLERS』JOYCE ROBINS(CHANCELLOR PRESS)


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