1990年3月25日深夜、ニューヨーク市ブロンクス区イースト・トレモントのクラブ「ハッピー・ランド」で火の手が上がり、87人もの客や従業員が死亡した。助かったのは僅かに5人だけだった。
「ハッピー・ランド」があったのは建物の2階である。すぐにでも逃げ出せそうに思えるのだが、どうしてこれほどの被害に及んだのか?
原因の1つは店側にあった。この店の出入口は1ケ所だけで、非常口も警報器もスプリンクラーも設置されていなかったのだ。実は数年前から行政指導されていて、店のことをよく知る者は「起こるべくして起こった事件だった」と述べている。
もう1つは、これが放火だったということだ。犯人は出入口にガソリンを撒いて火を放ったため、ほとんどの者が逃げ出せなかったのである。
翌日、キューバ移民のフリオ・ゴンザレス(36)が放火の容疑者として逮捕された。彼が語ったところによれば、ことのあらましは以下の通り。
その晩、ゴンザレスは元恋人のリディア・フェリシアーノを説得するために「ハッピー・ランド」を訪れた。「どうか縒りを戻しておくれよ」と。彼女は「ハッピー・ランド」の従業員だった。
ところが、彼女はにべもなく断った。「おとといおいで!」ってなもんである。これにゴンザレスが激昂した。リディアの胸ぐらを掴むと、
「このアマ、ケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタいわせたろか!」
ここで店の用心棒が割って入り、ゴンザレスは叩き出されたのである。
怒りが治まらないゴンザレスは、近くのガソリンスタンドで1ドル分のガソリンを購入、犯行に及んだ次第である。
ゴンザレスの目的は、己れを叩き出した用心棒はもちろん、リディアの殺害であったわけだが、彼女は助かった5人のうちの1人だった。真っ先に逃げ出したのが彼女だったのだ。何か予感があったのだろうか。そして、彼女の証言に基づき、ゴンザレスは逮捕されたのである。
裁判においてゴンザレスは心神喪失を理由に無罪を主張したが、陪審員はこれを認めず87件の殺人で有罪を評決、ゴンザレスには合計で4350年の刑が下された。生きてシャバに出られたら拍手喝采の刑期である。
(2010年12月22日/岸田裁月) |