1989年から翌90年にかけて、シドニー近郊モスマンでは「グラニー・キラー」と呼ばれる、老婦人専門の連続殺人犯が暗躍していた。
1989年3月1日、グウェンドリン・ミッチェルヒル(82)の遺体が路上で発見された。背後から後頭部をハンマーで殴られた後、体中を滅多打ちにされている。財布が奪われていたので強盗目的と思われるが、だとしてここまで執拗に打ち据える必要があっただろうか? なにしろ相手は82歳の老婆なのだ。最初の一撃で抵抗など出来なくなっていた筈だ。
2ケ月後の5月9日、やはり路上でウィンフリーダ・アシュトン(84)の遺体が発見された。路面に何度も叩きつけられた後、自身のストッキングで絞め殺されていた。肉に食い込むほどきつく締められていたという。やはり財布が奪われていたが、単なる物盗りがここまでやるかあ? 刑事たちが呆れていると、うちの1人が気づいた。
「こりゃ強盗の仕業じゃねえな」
強盗ならば真っ先に奪う筈のダイヤの指輪が残されていたのだ。
6ケ月後の11月2日にはマーガレット・ポード(85)が殺害された。彼女もまた鈍器で滅多打ちだ。この時点で刑事たちは確信した。一連の事件は同一人の犯行だと。
その翌日、オリーヴ・クリーヴランド(81)が殺害された。滅多打ちの末に、ストッキングで絞め殺されていた。遺体の状況はウィンフリーダ・アシュトンにそっくりだった。
11月23日にはミュリエル・ファルコナー(93)が自宅で殺害された。ハンマーで滅多打ち、仕上げにストッキングで首を締め上げるというお決まりのコースだ。このたびは犯人の血に染まった足跡が現場に残されていた。
さて、ここでようやく事態は進展する。それは翌1990年1月11日のことだった。グリニッジの病院に入院中の老婦人が、突然に悲鳴を上げたかと思うと、職員に訴えかけたのだ。
「今、変な男に触られた!」
男は某大手ミートパイ会社の制服を着ていたことから、誰だかすぐに特定できた。この病院に出入りしているミートパイ会社の営業マン、ジョン・ウェイン・グローヴァー(57)だ。
通報を受けた警察はグローヴァーに出頭を求めた。ところが、翌日になっても出頭しない。しょうがねえなあと自宅に出向くと、奥方曰く、
「夫は昨夜、睡眠薬で自殺を図り、今は病院におります」
はあ? 自殺未遂ぃ? ばばあにイタズラしたぐらいでぇ?
その遺書にはこのように書かれていた。
「婆さんはもうたくさんだ」
(No more grannies.)
ひょっとしたらこの男が「グラニー・キラー」ではなかろうか?
かくしてグローヴァーが容疑者として浮上したわけだが、現状では証拠がないので逮捕できない。故に警察としては、証拠が揃うまで彼を監視下に置く他なかった。
2ケ月ほど経過した3月19日午前10時頃、グローヴァーはジョアン・シンクレア(60)という離婚歴のある女性宅を訪問した。ところが、いつまで経っても出て来ない。
どおしちゃったんだろうなあ?
尾行していた刑事たちは午後6時まで待って、ようやく業を煮やして呼び鈴を押す。されど返事がない。窓から中を覗くと、ややや。床が血みどろではないか!
シンクレアは滅多打ちの末にストッキングで絞殺というお決まりのコースで殺されていた。しかも、このたびは初めて性器の損傷が認められた。
一方、グローヴァーは浴室のバスタブの中で死にかけていた。脇には薬瓶とウイスキーが置かれている。またしても自殺を図ったのである。
かくして6件の殺人容疑で起訴されたグローヴァーは、責任無能力による無罪を主張したが、その主張は通らずに終身刑が云い渡された。そして、2005年9月9日、天寿を全うすることなく、首を吊って自殺した。
しかし、それにしても解せないのは動機である。グローヴァーはどうして老婦人ばかりを、あれほど酷く打ち据えたのか?
この点、彼を診察した精神学者は法廷でこのように証言している。
「被告はふしだらな母親を激しく憎悪していました。そして、母親の死後も憎悪だけは残り、怒りの矛先を高齢の女性に向けるようになったのです」
当人もこのようなコメントを残している。
「営業という仕事柄、施設や工場、病院の売店に頻繁に出入りするようになってね。その頃からなんだ、強迫観念に取り憑かれたのは。病院にいる老婦人に悪さをしなければいけないと…。どうしてそんな風に思い込んだのかは判らない…。とにかく、やっちまったんだ」
おそらく、一連の殺人も発作的なものだったのだろう。
(2009年12月2日/岸田裁月) |