試みに「鬼畜」という言葉を辞書(『大辞林』三省堂)で引いてみる。
きちく 【鬼畜】
(鬼や畜生のように)人間らしい心をもっていない者。
だとすれば、このアルトン・コールマンこそが「鬼畜」ということになるのだろう。相棒のデブラ・ブラウンも「鬼畜」には違いないが、彼女は些かオツムが鈍く、完全にコールマンの支配下にあったようだ。つまり奴隷だったわけで、同類と看做すことは出来ないだろう。彼女もまた、或る意味で犠牲者だったのかも知れない。
アルトン・コールマンは1955年11月6日、イリノイ州ウォキーガンで黒人売春婦の私生児として生まれた。恵まれた環境ではない。母親が見知らぬ男と性行為に及ぶ様を繰り返し繰り返し眼の前で見て来たのだ。「鬼畜」になるのも無理もない。およそ考え得る非行の数々を経験し、気がついたら性犯罪の常習犯になっていた。
そんなコールマンの2ケ月に及ぶ殺人行脚の火蓋を切られたのは、1984年5月29日のことである。ウィスコンシン州キノーシャ在住のヴァーニタ・ウィート(9)を誘拐したかどで指名手配されたのだ。ヴァーニタの遺体は6月16日にウォキーガンの廃ビルで発見された。彼女は無残にも、強姦された挙げ句に絞殺されていた。
一方、その頃のコールマンはというと、懲りることなくインディアナ州ゲイリーでタメカ・タークス(7)とその従姉妹のアニー・ヒルヤード(9)を誘拐していた。6月18日のことである。
残念なことにタメカは助からなかった。しかし、幸いにもアニーは九死に一生を得て「鬼畜」どもの人相を証言した。案の定、コールマンの仕業だった。
次に犠牲になったのは、同じくゲイリー在住のドナ・ウィリアムス(25)だった。彼女の遺体は7月11日になってミシガン州デトロイトの廃ビルで発見された。つまり、コールマンは彼女から車を奪い、デトロイトへと向かった後、遺体を遺棄したのである。
7月4日の独立記念日にはオハイオ州トレドに移動し、ヴァージニア・テンプルと娘のレイチェル(19)を殺害後、遺体を天井裏に隠した。
7月13日にはシンシナティでウォーターズ家を襲って車を奪った。その際に奥方のマーリン・ウォーターズ(44)が犠牲になった。彼女の後頭部は鈍器で執拗に殴られて、殆ど原型を保っていなかったという。それは酷い有り様だった。
15歳のトニー・ストレイもこれに前後して殺害された。
最後の犠牲者は77歳のユージン・スコットである。彼は車を奪われた挙げ句、射殺されて側溝に捨てられた。
さて、こんな「鬼畜」カップルがついにお縄となったのはイリノイ州エヴァンストンにおいてだった。油断していたのだろうなあ。逃避行のふりだし地点に戻りかけた辺りで、その姿を知人に目撃されて通報されたのである。7月20日のことである。
かくして「鬼畜」すなわち「人間らしい心をもっていない者」による地獄の逃避行は終了した。その代償は、当然ながら死刑である。コールマンに関しては2002年4月26日に、オハイオ州において薬物注射により執行された。一方、相棒のブラウンは1991年に終身刑に減刑されている。コールマンに支配されていたことが斟酌されたのだろう。
(2009年11月28日/岸田裁月) |