上左:ワルトラウド・ワグナー
上右:イレーネ・ライドルフ
下左:ステファニヤ ・マイエル
下右:マリア・グルーベル |
ウイーンの国立ラインツ病院は、最新の設備と技術を誇るオーストリア最大級の総合病院である。ところが、ここのところどういうわけか患者の死亡者数が急増していた。年平均400人というのは、いくらなんでも多過ぎる。医師やスタッフは口々に噂した。
「死亡者が増えているのは老人病棟だけだ。あそこだけが極端に増えている。何か原因があるんじゃないか?」
この噂はやがて警察の知るところとなり、病院関係者への聞き込みを中心にした捜査が進められた。
一方、病院側も独自に調査を進めていた。死亡報告書を確認すると、急激な血圧の低下や肺に水が溜まる等、人為的とも思われる不自然なものが多い。
ひょっとしたら、病院内に殺人者が潜んでいるのではないか?
警察と病院の双方が捜査を進めているとの噂がピークに達した時、我慢し切れなくなったのか、ステファニヤ ・マイエル(49)という看護婦が名乗り出て、患者を殺害していたことを告白した。1989年4月のことである。
「主に薬を使って殺しました。モルヒネやインシュリン等です。他にも生命維持装置を外したり、肺に水を入れたりしました」
実は彼女の他にも3人の看護婦が関与していた。主犯格のワルトラウド・ワグナー(30)とイレーネ・ライドルフ(28)、そして、マリア・グルーベル(27)である。彼女たちは自らを「死の天使」と呼び、動機はあくまでも「慈悲」だったと主張した。
「私たちが命を奪ったのは助かる見込みのない老人たちでした。毎晩のようにベッドで悶え苦しむ姿を見るのが耐えられなかったのです。早く楽にしてあげたいと思ったのです」
1987年から89年にかけて、少なくとも49人の患者が殺害された。但し、この数字はあくまでも氷山の一角に過ぎない。事件を担当した検事曰く、
「氷山全体がどれほど大きなものであったのかは、我々には到底知り得ないでしょう」
一説には、ワグナーが働き始めた7年前からそれは始まり、犠牲者は数百にも上るのではないかと見られている。
結局、ワグナーとライドルフには終身刑、マイエルには20年、グルーベルには15年の刑が云い渡されたわけだが、長きに渡って犯行に気づかなかった病院側にも多大な責任があることは云うまでもない。
(2009年7月7日/岸田裁月) |