ケイト・ウェブスターはもともと手癖の悪い女だった。奉公の先々で盗みを繰り返し、シャバとムショを行き来していた。そんな彼女を女中として雇い入れたのがトーマス夫人の不運である。まさか己れがバラバラにされて、鍋で煮られるとは夢にも思わなかったことだろう。
ロンドンのリッチモンドに暮らす未亡人、ジュリア・マーサ・トーマスがケイトを雇い入れたのは1879年1月13日のことである。ところが、その仕事っぷりは杜撰で、しかも飲んべえであることが発覚。夫人は激しく叱責し、ケイトに暇を出した。行く先のないケイトは「次の奉公先が見つかるまでどうか置いて下さい」と夫人に泣きつく。恩情でこれを聞き入れたが大きな間違いだった。
逮捕後のケイトの供述によれば、それは3月2日の日曜日ことだった。知人に預けてある息子に会いに出掛けたケイトは、帰りがけにパブに寄り、またしてもしこたま飲んでしまった。帰宅するや夫人に烈火の如く怒鳴られた。
「あんた、また飲んで来たわね! 今、何時だと思ってるのよ!」
これに逆ギレしたケイトがその肩をド突くと、夫人はもんどりを打って階段を転げ落ちた。瀕死の重傷だが、まだ息がある。このまま生かせば我が身が危ない。ケイトは夫人に馬乗りになり、その首をキューと締め上げた。
ところが、お隣に住むアイブス夫人の証言は若干異なる。彼女はその晩、何かが階段を転げ落ちる音は聞いたが、その前の怒鳴り声は聞いていない。これが正しければ、衝動的ではなく計画的な殺人だったことになる。
いずれにしても、このままで逃げればケイトが下手人であることはバレバレだ。彼女はトーマス夫人の遺体をこの世から抹消しなければならなかった。
さあ、ここからは人体解体ショーが始まるよ!
苦手な人は見ないでね!
まず、剃刀と鋸で首と手足を切断し、はらわたを抜くと小分けにして暖炉に焼べた。胴体は鍋に入れて煮立てた。浮かび上がる脂肪の量が半端じゃない。ケイトはこれをすくい出すと瓶詰めにして、食用油として近所のパブに売り捌いた。
やがて煮豚のようになった胴体や手足を切り分けると木箱に詰めて、後はこれを捨てるだけ。パンパーンと手をはたいたケイトだったが、何か忘れているような気がする。はて、何だっけ?
あっ、頭だ。
トーマス夫人の頭部は遂に見つからなかったので、どのようにして処分されたのかは判らない。彼女がポーター家を訪れた際に黒いカバンを持っていたことから、その中に入っていたのではないかと云われている。
とにかく、お台所の血糊を拭き取り、今は亡き夫人のドレスや装飾品でおめかししたケイトは知人のポーター家を訪ねた。久しぶりにケイトに会ったポーター夫人は、その立派な身なりに驚いた。
「まあ、どうしちゃったの? 見違えるようじゃない!」
「リッチモンドに住む叔母の家を相続したのよ。それでね、お宅の御主人とお坊っちゃんの手をお借りしたいの。古い家なもんだから、いろいろと捨てるものがあるのよ」
まんまとヘンリーとボビーの親子を連れ出したケイトは、例の木箱を運ばせて、リッジモンド橋の上からテムズ川に投げ捨てた。おそらく頭の入った黒カバンもこの要領で遺棄したのだろう。
翌朝、木箱はテムズの河畔に打ち上げられていた。中身は鑑識により「ボイルされた人肉」と断定されたが、頭がなければ身元が特定できない。捜査は杳として進まなかった。
一方、ケイトはというと、トーマス夫人の家財を売り捌いていた。さすが強欲。数人の男たちが家具を運び出しているので、お隣のアイブス夫人が不審に思い、
「あんたたち、何してんのよ」
「いえ、こちらの奥様の許可を得ておりますので」
「トーマス夫人とは仲良しだけど、そんな話、聞いてないわよ」
そこにケイトが顔を出した。
「あんたたち、なに油売ってんのよ。急いでよ。まだまだあるんだから」
「あ、奥さん。かくかくしかじかで困ってるんですよ」
アイブス夫人は眼を丸くした。
「奥さん? あんた、女中のケイトじゃないのよ!」
かくして官憲の手が入り、焦げた骨やら臓物やらが続々と発見されて、愚かなる強欲女ケイト・ウェブスターはお縄となったのである。判決は死刑。その年の7月に処刑されたが、
「なに油売ってんのよ」
この一言を、遺体から煮出した油を売り捌いた件に引っ掛けることの出来なかった己れの力量のなさに嘆く年の瀬の私であった。
(2006年12月28日/岸田裁月)
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