ハワード・アンルー
理髪店にあった子供用の木馬 |
「現代アメリカ初の大量殺人者」として知られるハワード・アンルーは、その後の「理由なき大量殺人者」の特徴をすべて備えている。普段は大人しい真面目な男だが、内には計り知れない狂気を抱えている。それが或る日突然に爆発し、町を戦場へと変えるのだ。わずか12分間で13人を殺害。標的には子供も含まれていた。
ハワード・アンルーは1921年1月21日、ニュージャージー州カムデンに生まれた。愛読書は聖書という極めて真面目な若者だ。女遊びはしたこともない。第二次大戦ではイタリアとフランスの戦線に従軍し、戦車の砲手としてお国のために貢献したが、この頃から内なる狂気が滲み出ていた。几帳面な彼は、己れが殺したドイツ兵のことを日記に事細かに記録していたのだ。日付、時刻、場所、状況、遺体の外見に至るまで。
ドイツの降伏と共に除隊、カムデンに帰郷したアンルーは、かつての模範的な若者とは打って変わった世捨て人に変わり果てていた。両親とさえ口をきこうとしなかった。唯一の趣味は地下室での射撃である。日記は相変わらず続けていたが、そこに並ぶのは隣人たちへの罵詈雑言。彼は静かに、しかし、確実に狂気に蝕まれていった。
アンルーは裏庭を高いフェンスで囲い、強固な門を取り付けた。ところが、1949年9月5日、その門をどこぞの馬鹿ったれに盗まれてしまう。
プツン。
あ、今、切れた。何かが切れました。あたしは知りません。何があっても知りません。知りませんってば。
翌朝、茶色のスーツに白いシャツ、赤いストライプの蝶ネクタイというハイカラな出で立ちのアンルーは、ドイツ軍で使用されていた自動拳銃ルガーP08を握りしめると、裏庭から一人「戦場」へと向かった。
最初に狙われたのは靴屋のジョン・ピラーチック(27)だ。店先で靴を修理しているところを出し抜けに撃たれた。頭に1発。おそらく彼は己れが死んだことに気づいていないだろう。
隣の理髪店では、6歳のオリス・スミスが木馬に跨がっていた。その木馬は「散髪中の子供を飽きさせないように」との配慮から、店主のクラーク・フーヴァー(33)が特注したもの。アンルーはまず少年の頭に銃口を向けた。驚いた店主は盾になる。ズドン、ズドン。射撃の腕前には自信がある。2つの遺体を残して立ち去るアンルーの耳には、少年の母親の悲鳴が木霊していた。
隣の薬局を経営するモーリス・コーエン(39)は特に憎たらしい隣人だった。「うちの裏庭を通り抜けるな」と文句を云って来たことがある。俺の門を盗んだのはあいつに違いない。ちくしょう。
「やあ、ハワードじゃないか」
薬局へと向かうアンルーは、軒先でジェイムス・ハットン(45)に出くわした。アンルー家とは長きに渡るつきあいの保険外交員だ。あんたには特に恨みはないが、今はお呼びじゃないんだよ。ズドン。
この光景を店内からコーエンが見ていた。ひゃあ、あいつ、狂いやがった!
「みんな、隠れるんだ!」
チッ、余計なことを云いやがって。
店内を見渡すアンルー。2階に隠れたな。階段を上がると戸棚の中から物音がする。そこだ! トリガーを3回引いた。手応えはあった。扉を開けると、中では妻のローズ・コーエン(38)が絶命していた。
まるでターミネーターである。ついでだからBGMを入れておこう。
ダダンダンダダン。
ダダンダンダダン。
さあ、お次は何処だ? ふと窓から外を見下ろすと、屋根の上を這うモーリスの姿が目に入った。見っけた。頭に1発喰らったモーリス・コーエンは、そのまま路上に転がり落ちた。
一方、キッチンではモーリスの母親、ミニー・コーエン(63)が警察に通報していた。やい、ばあさん。そんなことして何になる。命を大事にしておくれ。ズドン。
なお、クロゼットに隠れていた12歳の息子、チャールズだけは見つかることなく一命を取り留めている。この時の経験はさぞかし重いトラウマになったことだろう。
さて、通りに戻ったアンルーは、ジェイムス・ハットンを介抱しているアルヴィン・デイ(24)を撃ち殺すと、信号待ちの車に近づいた。運転手はヘレン・ウィルソン(37)。息子のジョン・ウィルソン(9)と母親のエマ・マトラック(68)が同乗していた。この3名は容易に撃ち取ったが、その後ろのバンの運転手は撃ち損じた。まあいいや。次行こう次。
仕立屋の主人もアンルーが憎む隣人の一人だった。しかし、残念ながら彼は店にはいなかった。仕方がないので、代わりに妻のヘルガ・ゼグリノ(28)の命を奪う。彼女はその店に3週間前に嫁いだばかりだった。
最後の犠牲者はなんと2歳の幼児である。トミー・ハミルトンは家の窓から覗いているところを撃たれた。幼児をも仕留めたことで我に返ったのか、それとも腑に落ちたのか、はたまた弾がなくなったのか。いずれにしてもアンルーはトミーを最後に帰宅する。通常の大量殺人者ならばここで自殺する筈なのだが、アンルーはへっちゃらで、まもなく掛かってきた新聞記者からの電話にも平然と応対している。
「君はいったい何人殺したんだね?」
「数えていない。だが、かなりいいスコアだったと思う」
(I haven't counted. It looks like a pretty good score, though.)
やがて催涙弾を撃ち込まれたアンルーは素直に降伏した。
「どうしてこんなことをした? 気でも狂ったのか?」
「狂ってなんかいない。俺は正常だ」
(I'm not psycho. I have a good mind.)
しかし、誰がどう見ても狂っている。こんなことを口にする奴が正常なもんかい。
「弾が足りていれば1000人は殺していただろうな」
(I'd have killed a thousand if I'd have bullets enough.)
精神病院に収容されたアンルーは、驚くべきことに今でものうのうと生きていやがる。この世には神も仏もないことの何よりの証拠である。
註:ハワード・アンルーは2009年10月19日に死亡した。88歳だった。
(2008年7月14日/岸田裁月)
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