帝都ロンドンの中央に位置するフリート・ストリートは、行政や商業の中心であるだけでなく、有数の観光地でもあった。ロンドンに訪れた者は必ず足を運んだ。ここの186番地に一軒の床屋があった。店主の名はスウィーニー・トッド。御存知の方も多いかと思う。後年繰り返し創作の題材になっている人物である。
客が椅子に腰掛けて、
「ロンドンに来るのは久しぶりでねえ」
などと云おうものなら、その客は二度と故郷へは戻れない。椅子がガタンと後ろに傾いて、頭から地下室に落ちてしまうからだ。殆どはそれで首を折って死んでしまうが、死に切れなくても大丈夫。大将が丹念に研いだカミソリですぐに楽にしてくれる。
金目のものを頂戴すると、遺体は地下道を通じて裏のラヴェット夫人に引き渡される。ミートパイ屋の経営者だ。夫人が腕によりをかけたパイは美味いと評判で、彦摩呂曰く、
「肉汁のこむら返りや〜(意味不明)」
彦摩呂は余計だが、以上のスウィーニー・トッドの物語はもともと小説だった。『みんなの雑誌、家族の図書館』に1846年11月21日から18回連載された『真珠の首飾り(The String of Pearls)』(トーマス・プレスト著)がそれだ。翌年に『フリート・ストリートの悪魔の床屋(The Demon Barber of Fleet Street)』のサブタイトルで上演されて評判となり、口から口へと伝えられるうちに「実は本当にあった話」として都市伝説化したという。
しかし、ニューゲイト刑務所の1802年1月29日の日誌にトッドという名の気が狂った床屋の経歴が詳しく記述されていたとの情報もあり、モデルになった人物が実在したのではないかとも云われている。ただ、仮に実在したとしても、人間をミートパイにしていたとは限らない。
註:スウィーニー・トッド実在説を発表したのは作家のピーター・ヘイニングだが(『Sweeney Todd : The Real Story of the Demon Barber of Fleet Street』1993)、彼以外の研究者はその実在の証拠を発見できていないのが実情である。
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