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ヘンリー・スペンサー
Henry Spencer (アメリカ)



この人もヘンリー・スペンサーだが無関係

 仮に私が死刑になった場合、悪あがきはせずに潔く死んで行きたい。たとえ無実であったとしても、泣きわめきながら処刑場まで引きずられるのは御免である。
 とは云うものの、いざとなったら人間どうなるのか判ったもんじゃない。私だって鼻水ダラダラ垂らしながら命乞いするかも知れないのだ。私が死刑になる可能性は今のところ五分と五分。後に恥をかかぬために、あまり偉そうなことを記述するのはやめておこう。
 ただ、このヘンリー・スペンサーのようなカッコ悪い真似だけは絶対にしないように心掛けるつもりではいる。

 スペンサーの犯した事件自体はどおってことない。ごくありふれた事件である。
 自称セールスマンのヘンリー・スペンサー(34)がイリノイ州ホイートンに流れて来たのは1914年6月のことである。やがてかなり年配だが資産家のアリソン・レックスロートと懇ろになり、言葉巧みに騙くらかして、その預金を彼の名義に書き換えることに成功した。後は始末するだけである。
「今日はピクニック日和だよ!」
 ここで問題。一組の男女がピクニックに出掛けたが、帰って来たのは男だけだった。さて、何があった?
 ヒント1:男は直後に預金の全額を引き出した。
 ヒント2:男はその足で列車に乗り込み、高飛びしようとした。
 ところが、高飛びは実現しなかった。銀行の出納係がアリソンとは旧知の仲だったため、預金を引き出した直後に警察に通報されてしまったのだ。かくしてスペンサーは列車に乗り込む前に身柄を押えられたのである。

 先ほどの問題の答えは、ほどなくして地元の農夫により正解が得られた。2人がピクニックに出掛けた丘の麓で、頭部をハンマーで打ち砕かれたアリソンの遺体が発見されたのだ。
 正解者は、全員ですね。
 この問題は簡単過ぎたね。

 さて、ここからが本題である。
 死刑を宣告されたスペンサーは、その執行の前日に新聞記者の取材にこのように応えている。
「私は神の子らの仲間になりました。確かに悪いことをしましたが、それは私の中に巣食っていた悪魔の所業なのです。しかし、今ではすっかり追い払いました」
 信心に目覚め、己れの死を受け入れると約束したのである。
 翌日、処刑場に押し寄せた数千人の野次馬を前にして、スペンサーを大見得を切った。
「今こそ私の生涯で最も幸福な瞬間です!」
 そして、讃美歌を次々に朗読し、場内は恰も福音教会の集会と化した。野次馬の中にはホロリとさせられる者もチラホラと。
 かたや死刑執行人は気が気でない。いつまで続くんだよ、このたわごと。もうそろそろいいだろ? スペンサーの首に縄を括りつけ、いざ落とし戸を開こうとすると、スペンサーはあろうことか、我を忘れてわめき始めた。
「いやだあ。死にたくないよお。俺はなにもしてないよお。神さま、助けて助けて助けて助」
 ぐいんっとスペンサーは吊るされてあの世生き。どうせ死ぬのだから、最後の最後まで信心に目覚めたフリをしていれば、こうして末代まで語り継がれることはなかったのだ。
 最後の5秒が惜しかった人、それがヘンリー・スペンサーである。

(2007年2月23日/岸田裁月) 


参考文献

『殺人紳士録』J・H・H・ゴート&ロビン・オーデル著(中央アート出版社)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)


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