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サーハン・サーハン
Sirhan Bishara Sirhan (アメリカ)



サーハン・サーハン

 JFKの弟、ロバート・ケネディの暗殺についても、兄と同様に陰謀論が主張されている。暗殺犯サーハン・サーハンが「自分が何をしたのか憶えていない」と釈明したことから、彼は催眠術をかけられて犯行に及んだとする説もある。まるで白土三平の忍術漫画に出て来る「傀儡の術」のようで興味深いが、しかし、私は陰謀論には与しない。というのも、サーハンにはボビーを暗殺するだけの理由があったのだ。この辺りはキング牧師の暗殺犯ジェイムス・アール・レイとは一線を画する。

 サーハンがパレスチナ生まれのアラブ人だったことが、そもそもの悲劇の始まりである。1944年3月19日にエルサレムで生まれた彼は、子供の頃から余りにも多くの死体を見て育った。12歳の時に家族が「難民」としてアメリカに渡る決意をした時も、彼だけはパレスチナに残りたかった。アメリカがイスラエルの味方であることを知っていたからだ。だから、彼は成人後もアメリカの市民権を得ようとはしなかった。

 アラブ人には珍しくキリスト教徒だったことから、一家は比較的スムーズに受け入れられたが、貧しいことには変わりなく、学校ではいじめられた。サーハンは語る。
「アラブ人であることは黒人であることよりも割が悪い」
 馬鹿にされるか、気味悪がられるかの日々が何年も続いた。この頃、彼は歴史の教科書の、マッキンレー大統領暗殺のくだりに下線を引いて、このように書き添えている。
「これからも多くの犠牲者が出るだろう」

 卒業後、小柄な彼は競馬の騎手を目指した。しかし、馬との相性はあまり良くなかったようだ。落馬に次ぐ落馬で、遂には馬に蹴られて入院するハメになる。見るに見かねた牧場主から「お前は向いてないよ」と引導を渡され、彼の怒りと挫折感は増すばかりだった。

 この頃のサーハンは「薔薇十字会」というオカルト団体に参加している。霊能者になりたかったようだ。否。自分にはそのような神秘的な力があると信じていた。
 1967年の春、ハリウッドパーク競馬場に出掛けた彼は、自分をクビにした牧場主の馬に怒りの念をぶつけた。するとあろうことか、その馬は転倒してしまったのだ。これにはサーハン自身が驚いたという。そして、この「偶然」が彼に自信を齎した。俺はこれから何か重大なことを成し遂げる「ひとかどの人物」なのだと。

 一方、その頃の中東では情勢が緊迫していた。アラブ連合がアカバ湾を封鎖してイスラエルを孤立させたのだ。待ちに待った時が来た! 興奮したサーハンは、このような文章を日記に書き綴っている。

「1967年6月2日、午後12時30分。
 アメリカの人道主義に宣戦布告。
 アメリカ人の私に対する非人道的な扱いに対抗して、同じように仕返しをする必要があると考えた」

「この宣戦布告の犠牲者(大統領、副大統領等)は梯子から引きずり下ろされるだろう。いや、すぐにでも引きずり下ろされるのだ。その時期は、この宣言文の筆者が決めることになる」

「この布告の実施に続く戦闘を、筆者は軽視しない。それどころか、第三次大戦への引き金を引いた張本人として歴史家によって記録に留められたいという思いを、ありのままに表明するものである」

 何か大きなことをやりたい、そして人々に認められたいという彼の気持ちが伝わって来るが、最後に感傷的になる。ここからが彼の正直な思いだろう。

「人生は矛盾している。
 人生は悪意に満ちている。
 私はいつだって負け犬だ。ずっと搾取されてきた」

 1967年6月5日、第三次中東戦争が勃発した。先手を打ったのはイスラエルの方だった。圧倒的な武力でアラブ側を制圧し、わずか6日で終結した。パレスチナ人の期待は完全に裏切られたばかりか、40万人にも及ぶ更なる難民を生んだのである。

 サーハンもまた打ち拉がれた。6月5日は彼にとって決して忘れられない日となった。彼は具体的な標的を探し始めた。そんな折、民主党の大統領候補指名に立候補しているロバート・ケネディのこんな発言を耳にした。
「私はイスラエル空軍にF4ファントム・ジェット機を提供することには賛成である」
 1968年1月のことである。この時に標的は決まった。1月31日の彼の日記はこの頭文字で埋まっている。

「RFK RFK RFK RFK RFK
 ロバート・F・ケネディ ロバート・F・ケネディ
 RFK RFK RFK RFK RFK
 RFKに死を RFKに死を」

 かくしてサーハン・サーハンは妄信的に運命の日、1968年6月5日に突き進んで行ったのである。そう。それは6月5日だったのだ。

(2008年12月15日/岸田裁月) 


参考文献

『現代殺人百科』コリン・ウィルソン著(青土社)
『暗殺者』タイムライフ編(同朋舎出版)
『世界犯罪百科全書』オリヴァー・サイリャックス著(原書房)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)


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