1767年9月14日、エリザベス・ブラウンリッグが14歳の女中を虐待し、殺害した罪で処刑された。その10ケ月後の1768年7月19日、類似の罪で処刑された母娘がいる。サラ・メットヤードとその娘(名前は同じくサラ)だ。当時の年少者の労働条件が如何に過酷であったかが窺える。こうして立件されたものは氷山の一角なのだろう。
時は1758年に遡る。ロンドンのハノヴァー・スクエアで婦人帽の仕立て屋を営んでいたサラ・メットヤードは、孤児院から5人の少女を引き取り、針子としてこき使っていた。この中にアン・ネイラーとその妹メアリーがいた。
アンは病弱で、仕事の覚えも悪く、そのために繰り返し殴られて、食事も満足に与えられなかった。このままでは死んでしまう。隙を見て逃げ出すと、近くの牛乳配達人にすがりついた。
「お願い。後生だから助けて!」
しかし、追いかけて来た娘のメットヤードに引きずり戻されてしまった。
「あんた、逃げ出すなんてどういうつもりだい?」
母親のメットヤードは平手打ち、娘は箒の柄でアンを打ち据えた。後ろ手に縛るとドアのノブに括りつけ、座ることが出来ないようにして、そのまま飲まず喰わずで3日間放置したというからあんまりだ。
「もう二度と逃げたりするんじゃないよ!」
戒めを解かれたアンは、這いながら床へと突っ伏した。そして、そのまま二度と起き上がらなかった。
翌朝、起床の時間になってもアンが部屋から出て来ないので、娘の方が怒鳴り込んだ。
「あんた、いつまで寝てんだい! さあ、仕事だよ!」
横っ腹を思いっきり蹴飛ばしたが反応がない。この時、初めて自分たちの折檻がやりすぎだったことを知る。アンはもう息をしていなかった。
メットヤード母娘はパニックに陥った。
♪死んじゃった。死んじゃった。これがバレたら縛り首。
♪どうしよう。どうしよう。母娘そろって晒しもの。
唄ったかどうかは知らないが、まあ、とにかく上を下への大騒ぎである。とりあえず遺体を屋根裏部屋に運ぶと鍵をかけ、
「アンが逃げた。また逃げた」
オウムのように繰り返しながら、クルクルとご町内を回ってみた。しかし、妹のメアリーは納得しない。姉の靴と服が自分の部屋に残っているのだ。いくらなんでも下着のまま裸足で逃げたりはしないだろう。メアリーはことあるごとに疑惑を口にした。
「お姉ちゃんは逃げたんじゃない。きっと殺されたのよ」
この一言を耳にした母娘は顔を見合わせた。メアリー・ネイラーは次の日からいなくなった。
2ケ月が経ち、屋根裏部屋の腐臭はいよいよ凄まじいことになってきた。母娘は遺体の処分を余儀なくされる。まずバラバラに切断し、片手を火に焼べたところ、あまりの臭いに卒倒した。もういいよ。このまま棄てようよ。麻袋に放り込むと、塀越しに下水道に投げ棄てた。ところが、鉄格子に引っ掛かり、夜明けと共に発見されてしまう。直ちに検視に回されたが、あまりにも腐敗が進行しているために死因が特定できない。お見立ては、
「墓地から掘り起こされた遺体の可能性もある」
かくしてメットヤード母娘は疑われずに済んだのだった。ラッキー。
そんな母娘がお縄になったのは仲違いが原因である。
支配的な母とその性格を受け継ぐ娘は次第に喧嘩が絶えないようになり、遂には娘が家を出てルーカーという男と暮らし始める。すると母は毎日のように玄関先までやってきて罵詈雑言をがなり立てた。引っ越しても居場所を嗅ぎつけてギャーギャー喚くのだから堪らない。
そのうち、ルーカーは或る疑問を抱いた。
「きみのお母さんが『あんたが殺したあんたが殺した」と叫んでたけれど、ありゃなんだい?」
かくかくしかじか。娘はすべてを打ち明けた。するとルーカーは忌々しい義母に復讐する妙案を思いつく。
「きみはその当時、未成年だったんだろ? ならば罪にはならないよ。縛り首になるのはお母さんだけだ」
そこで愚かな娘は自首したわけだが、時期が悪かった。冒頭で触れたブラウンリッグの事件が社会問題化して、司法関係者は神経質になっていたのだ。未成年であろうが知ったこっちゃない。「今は大人だろ?」ってなもんである。そんなワケで母娘は共にしょっぴかれて、騒ぎが大きくなる前にさっさと始末された。
(2007年2月16日/岸田裁月)
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