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ジョー・アン・カイガー
Jo Ann Kiger (アメリカ)


 子供の頃、私はよく寝ぼけた。多くの場合、それは恐怖に駆られて逃げ惑うというものだった。最後に寝ぼけたのは11、2歳の時、淀川長治の『日曜洋画劇場』で『恐怖の報酬』を観た晩のことだった。クルーゾーによるオリジナルではなく、フリードキンによるリメイクの方だ。ニトロをトラックで運ぶことの恐怖を描いた作品である。寝入りばな、私は寝ぼけた。
「爆発する! 爆発する!」
 こう叫びながら、家中を駆けずり回っていたという。もし母親がビンタしなければ、私はそのまま駆けずり回り続けたことだろう。

 ジョー・アン・カイガーの場合は「怪物が我が家に押し入って来る」というものだった。彼女は私のように逃げ惑ったりせずに、果敢にも恐怖に挑んだ。16歳という年齢がそうさせたのかも知れない。彼女は幼い弟を守らなければならない。寝ぼけ眼で父親の拳銃2挺を手にすると、ジェリー(6)の救助に向かった。ところが、この後が寝坊助のワカランチンなところで、彼女が発砲した相手はスヤスヤと眠るジェリーだった。1発は頭に、2発は腹にめり込んだ。もちろん即死である。さあ、お次は両親を助ける番だ。母親は臀部に1発喰らうだけで済んだものの、父親のカールは5発も喰らって絶命した。
 ここで彼女ははたと我に返る。しかし、夢の余韻は残っている。彼女はこう思ったという。
「家族があいつに殺された!」
 いやいや、殺したのはあなたですよ。

 1963年8月16日、ケンタッキー州の中流家庭で起きた実在の事件である。ジョー・アンは殺人の容疑で逮捕されたが、寝ぼけた挙げ句の犯行であることが立証されて無罪放免となった。

(2008年10月22日/岸田裁月) 


参考文献

『犯罪コレクション(下)』コリン・ウィルソン著(青土社)


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