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サミュエル・J・ファーナス
Samuel J. Furnace (イギリス)



ファーナスの指名手配書

 1933年1月3日夜、ロンドンのカムデンタウン、ハーレイ通り30番地にある貸し倉庫から火の手が上がった。鎮火に当たった消防士が入り口を蹴破ると、机にもたれかかった一人の男がぷすぷすぷすと燻っていた。
 金庫の中には遺書らしきものがあった。

「みなさん、さようなら。仕事もなく、金もない。サム・J・ファーナス」
(Goodbye all. No work. No money. Sam J Furnace)

 この貸し倉庫は建築家のサミュエル・J・ファーナス(42)が事務所として使っていた。彼が自ら火を放ち、自殺したのだろうか?
 検視の結果は「ノー」だった。
 まず、遺体の背中に銃創があった。自殺者が背中を撃つことはありえない。また、その歯はまだ20代のものだった。つまり、ファーナスが誰かを殺害して、自殺を偽装したのである。

 着衣を調べた警察は、ウォルター・スパチェット名義の通帳が入った財布を発見した。ウォルターは集金の仕事をしていた25歳の若者で、ファーナスとはビリヤード仲間だった。その日は40ポンドほど集金していた筈である。つまり、その40ポンドに眼が眩んだファーナスが彼を背後から射殺して、自らの身代わりにして火を放ち、高飛びしたというわけだ。

 犯行もお粗末だが、その後の行動もお粗末だった。サウスエンドに潜伏していたファーナスは、義弟宛てに手紙を書いた。
「サウスエンドのどこそこにいる。着替えのシャツを持って来てくれ」
 義弟はそれを警察に渡し、たちまち逮捕されたのである。愚かなり。

 ところが、ファーナスは法廷で裁かれることはなかった。拘留中の1月18日、塩酸の小瓶を飲み干して自殺したのだ。その小瓶はコートの裏地に縫いつけてあった。こういうところだけは用心深い。ピントのずれた男である。

(2007年10月17日/岸田裁月)


参考文献

『殺人紳士録』J・H・H・ゴート&ロビン・オーデル著(中央アート出版社)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)


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