ハーヴェイ・グラットマンの事件の15年前、同種の事件がコロラド州プエブロで起きていた。しかも、こちらの方が凶悪である。
23歳の鉄道整備工、ドナルド・ファーンは眼鏡をかけた温厚な感じの小男だった。ところが、既婚者の彼は、嫁には決して云えない邪悪なファンタジーを抱いていた。
「一度でいい。女を縛り上げて拷問したい」
彼がこのような妄想を抱くようになったのは、ペニテント派の物語に魅せられたからだ。このプエブロの先住民で構成されるキリスト教の一派は、自らに苦痛を科することで贖罪を行う。砂漠の真ん中の煉瓦造りの教会で、互いに鞭打ち、磔にすることさえあるという
ああっ、なんて素敵な世界なんだろう。
休みの日には煉瓦造りの教会で一人妄想を膨らますようになっていた。はたから見れば敬虔なクリスチャンに映るが、その実はド変態だったのである。
1942年4月22日、ファーンは膨れ上がった妄想を遂に実行に移した。妻は2人目の子供を産むために入院している。またとない好機だった。
午後9時30分、17歳の看護師見習いアリス・ポーターは夜の授業を終えて帰宅の途中。そこにファーンが車で現れるや、拳銃を向けて「乗れ」と命じた。この時、付近の住人が彼女の悲鳴を聞きつけて窓から顔を出している。しかし、その時には車は走り去った後だった。
ファーンはアリスを馴染みの教会、そう、あの古ぼけた煉瓦造りの教会に連れ込むと、縛りつけて衣服を剥ぎ取り、祭壇に据えるやエンジョイ拷問。どのような惨いことが行われたのか、詳らかにはされていない。ただ、真っ赤に焼けたワイヤーを体に巻きつけたことだけは明らかにされている。そのあまりの苦痛に、彼女は途中で気を失ったようだ。
ちぇっ、つまんないの。まだまだやりたいことがあったのに。
彼女の頭をハンマーで叩き割ると、遺体を裏の古井戸に投げ込んだ。恐ろしく非情な犯行である。そこには人間性のかけらもない。しかも、彼はその足で妻の見舞いに出向き、新生児の誕生に立ち会っているのだ。どちらが本当の彼なのか? 人間というものは、かくも豹変できるものなのだろうか?
一方、アリス・ポーターを捜索していた警察は、煉瓦造りの教会の中で拷問用具一式を発見していた。そして、裏の古井戸からは、見るも無惨な彼女の遺体が。
「神聖な場所でなんてえこった」
熱心な聞き込みにより犯人の車が特定されて、間もなくファーンは逮捕された。その指紋は拷問用具に残されていたものと一致した。
1942年10月22日、ドナルド・ファーンは住人たちの非難と怒号が飛び交う中で、ガス室で処刑された。
しかし、それにしても、ここまで人間性が欠落している事件は珍しい。考えさせられる事件である。
(2007年11月29日/岸田裁月)
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