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ロバート・プーリン
Robert Poulin (カナダ)



ロバート・プーリン

 ダッチワイフの性能が良ければ、ロバート・プーリンは人を殺さなかったのである。彼は日記にこのように記している。
「古本屋で買った『ナゲット』の表紙の裏にダッチワイフの広告があった。人間にそっくりだ。性器もちゃんとついている。しかもバイブレーター内蔵だ。値段は29ドル95セント。思いきって買うことにした。これで女の子を襲わなくても済む。自殺するかどうかも判らなくなった」
 ところが、届いたものは広告とはまるで異なるビニール人形だった。
「まったくがっかりだ」
 彼が遂に強姦+殺人+放火+自殺の豪華4点セットに及ぶのは、この半年後のことである。

 哀れなるオナニスト、ロバート・プーリンは1957年、カナダの首都オタワの軍人家庭に生まれた。母方も代々軍人の家系で、彼も当然に軍人になることが期待された。ところが、彼は生まれながらの近眼で、体力にも恵まれていなかった。父はスポーツを奨めたが、彼は自宅で本を読むことを好んだ。故に成績は優秀なのだが、友達はおらず、女の子とは話すことも出来なかった。

 この辺りの生い立ちに私は少なからず同情する。
 私の父は癇癪持ちで、気にくわないと理由なく殴った。己れが柔道部だったものだから、私にもスポーツを奨めた。しかし、私は父とキャッチボールをしたことさえないのだ。私には父と遊んだ記憶がない。だから、私はひとり本を読むより他になかった。そんな子供に唐突に野球をやれだの剣道をやれだの命令する。イヤだと云うと殴られる。仕方がないのでイヤイヤ習う。上達する筈がない。こんな環境の中で私はいわゆる「体育会系」の人間、特に「柔道部」を憎悪するようになった。今ではワールドカップを楽しめるようになったことが不思議であるほどにスポーツを嫌悪していた。
 つまり、私はこのプーリンという少年と極めて近いポジションにいたのである。否。父への憎悪は彼以上だった筈だ。彼が父に殴られて育った旨の記録は文献にはない。
 私とプーリンの分岐点は、私がおしゃべりだったことだろう。とにかくのべつ幕なししゃべり通しの落ち着きのない子で、通信簿には必ず「情緒不安定」と書かれていた。今思えば、これは「ハイパーアクティブ」という病気なのである。この病気のおかげで友達に不自由しなかった私は、プーリンにならずに済んだのだ。
 なんだか私の話ばかりになってしまったが、要するに、彼と私はネガとポジだと云いたかったのだ。私にだって彼のような運命を辿った可能性は十分にある。殺人者は決して特別な人間ではない。私やあなたと同様に普通の人間なのである。そして、ちょっとした挫折の積み重ねで、遂には凶行に及んでしまうものなのだ。

 ともかく、彼が仕出かしてしまったトンデモない事件の全容を紹介しよう。
 それは1975年10月27日のことである。午後1時頃、学校の給食係を担当していたプーリン夫人が帰宅すると、我が家の窓から黒煙がもうもうと立ち上っていた。直ちに消防車が呼ばれた。火元は地下室らしい。消火活動に当たった消防士たちは、地下室のベッドの上で黒焦げになった少女の遺体を発見した。大の字で、左手首は手錠で支柱に繋がれている。反対側の支柱にも手錠があり、少女が束縛されていたことは明らかだ。おそらく脚も縛られていたのだろう。そして、凌辱されて殺害された。その後に放火されたのである。階段伝いにエロ本を並べて、これにオイルを撒いて火を放ったのだ。
「地下室に住んでいたのは誰だ?」
「長男のロバートです」
「今、何処にいる?」
「学校だと思います」
 たしかにその時、長男は学校にいた。しかし、授業を受けるためではなかった。自殺を決意していた彼は、同級生を道連れにするために、貯金をはたいて買ったばかりの散弾銃を片手に学校へと向ったのである。

 聖ビウス十世高校の71番教室ではベイダード神父による講義が行われていた。午後2時20分を過ぎた頃、後ろのドアがゆっくりと開いた。神父が眼をやると、そこには虚ろな笑みを浮かべた少年が立っていた。彼はおもむろに銃口をこちらに向けると、やみくもに発砲し始めた。
 銃声と悲鳴のコラボレーションは2分ほど続いただろうか。やがて静寂が訪れると、廊下で最後の一発が響き渡った。身を伏せていた神父は恐る恐る廊下を覗く。そこには顔が半分吹き飛ばされた少年が倒れていた。ロバート・プーリン(18)だった。
 この銃撃によりマーク・ポトヴィン(18)が死亡し、他にも5人が重傷を負った。

 その後の捜査で、殺された少女はキム・ラボット(17)であることが判明した。近所に住むスリランカ移民の娘である。彼女を最後に目撃したのは弟のジョン・ラボットだった。その日の朝8時30分頃、姉と共にバス停に立っていると、プーリンが近づいて来て「君に至急見せたいものがある」と告げた。ご近所づきあいを大事にする姉は「ちょっとだけなら」と彼について行った。これが最後となった。
 検視解剖により、彼女はアナルまで犯された上に14回もナイフを振り下ろされていたことが判明した。おとなしい少年をかくもおぞましき凶行に駆り立てたのはいったい何だったのだろうか? 世間はその謎の前に慄然とした。

 問題の地下室を捜索した警察は「おとなしい少年」が見た目ほど品行方正ではなかったことを知る。エロ本の山にダッチワイフ、ブラジャーにパンティ、ネグリジェと「頭の中はスケベでいっぱい」。妄想と精液の大物産市といった様相を呈していた。
 そして、彼の日記から、溜まりに溜まった精液の捌け口を見つけることが出来ない若者の、あまりにもイタ過ぎる実像が明らかとなった。おまんこしたくて堪らない。だけど、女の子と話すことさえ出来ない。そんな中で彼は自殺さえ考える。しかし、おまんこをしたい気持ちが思い留まらせる。

「セックスしないで死ぬなんてごめんだ。そこで『ギャラリー』の広告にあったモデルガンを買うことにした。これで女を脅して強姦するんだ。騒いだらナイフで殺してやる。どっちみち自殺するんだし、何も惜しいものはない」

 また、彼は家族を、特に父親を憎悪していたことが判明する。軍人の父親はかなり厳格だったようだ。家族を父親のライフルで皆殺しにしようと思ったこともあったが、

「死は至上の幸福だ。彼らにそんないい思いをさせたくはない」

 そこで、家を燃やすことにした。

「給料日のすぐ後に焼き払うことにしよう。そうすれば、彼らが失う金額は最大になる」

 給料まで焼いてしまおうという意思表明であり、彼の父親に対する憎悪は何だか私以上である。おっかしいなあ。俺の方が酷い扱いをされてる筈なんだけどなあ。

 この後に冒頭のダッチワイフの件が来る。結局、なんだかんだ云いつつも、彼は死にたくないし、家も燃やしたくないのである。性欲さえ充たされれば、それで万事OKなのだ。ところが、29ドル95セントのダッチワイフは「金かえせ!」のシロモノだった。そりゃそうだよ。安すぎるもん。
 打ちのめされたプーリンは、それでも必死に生き延びようと、つまり、おまんこしようと努力する。『オタワ・ジャーナル』紙に一行広告を掲載する。

「当方、18歳の男性。同好の友を求む」

 これにより3通の求愛を受け取るが、いずれも相手はゲイだった。プーリンはその1通への返事を書いたが、投函することはなかった。以下がその抜粋。

「僕は同性愛の経験がありません。でも、そういう考えが胸をよぎったことはあります。僕はセックスだけでなく、他のことも一緒に楽しめたらなと思っています。僕の趣味はウォーゲーム、読書(SF)、切手とか模型のコレクションです。あなたの趣味と合ったら嬉しいですね」

「いっそのことゲイになってしまおうか」と揺れ動く男心が垣間見られて面白い、などと思ってはいかん! 人が死んでおるのだぞ、人が。

 最終的な引き金となったのは、在郷軍の将校訓練に志願したことだった。父親を憎悪しつつも、いずれ軍人になって父親に認められたいという思いがあったのだろう。ところが、ここで「高校では運動部に積極的に参加しています」という嘘がバレてしまう。恥をかいた彼は逃げ帰り、そして自殺を決意したようだ。しかし、死ぬ前におまんこがしたい。その標的となったのがご近所のキム・ラボットだったのだ。不憫である。
 彼女を凌辱し、そして殺害したプーリンは、何事もなかったかのように居間に顔を出した。午前11時頃のことである。
「ママ、ピーナツバターのトーストサンド作ってよ」
 テレビを見ながらそれにパクつき、11時30分に母が家を出て勤務先に向うと、火を放って学校へと向ったのである。学校のカフェテリアで彼を目撃した教師は「怯えているようだった」と述べている。そりゃ怯えるだろうよ。もう後戻りが出来ないところまで来ちゃったんだから。

 彼と私を比較すると、たしかに生い立ちは似ているが「あまりにもネガティブ」と「あまりにもポジティブ」の両極端であることが判る。私は中学高校と男子高で、中学1年の頃から「オナニー選手権」とかを競い合ってた実績が大きいのかな、と今、思っている。
「くっだらねえダッチワイフを買っちまったぜ、おい」
 などと、己れのバカ話をネタに出来る大らかさが彼には必要だったのだ。

 最後にこれだけは云っておこう。私がおまんこおまんこ云うのには、それだけの理由があるのだ。性が解放されていない状態は不自然であり、故にロバート・プーリンのような怪物が生まれるのだ。彼がおまんこおまんこと叫んでいれば人は死ななかった。おまんこおまんこおまんこと叫ばせてあげればよかったと悔やまれてならない。
 だから、諸君も叫びたまえ。人を殺さないために。


参考文献

『現代殺人百科』コリン・ウィルソン著(青土社)
週刊マーダー・ケースブック71(ディアゴスティーニ)
『世界犯罪百科全書』オリヴァー・サイリャックス著(原書房)


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