『The Bliss of Mrs. Blossom』 |
家庭は悲惨な反面で、事業は順調に売り上げを伸ばし、やがてロサンゼルスに進出した。おチビちゃん5度目の引っ越しである。悲劇はその数ケ月後に訪れた。
1922年8月22日、ご近所は銃声と女の叫び声を耳にした。直ちに警察が呼ばれ、玄関を蹴破って進入すると、社長が頭を撃たれて床に倒れている。夫人はクローゼットの中に閉じ込められている。曰く、
「着替えをしていると、銃声が聞こえて、クローゼットのドアをロックされたんです」
ダイヤをちりばめた時計と現金が奪われている。強盗の仕業だろうか?
ところが、凶器が婦人用の25口径であること、更には事件後に夫人が銃を処分していたことが判明した。かくして夫人は夫殺しの容疑で逮捕された。
拘留された夫人は顧問弁護士のハーマン・シャピロを呼び、家に行って天井を3回叩くように頼んだ。
「そうすれば屋根裏部屋に住んでいる弟が出て来ます。穀潰しですが、たった1人の可愛い弟です。おなかを空かせている筈なので、おまんまを食べさせてあげて下さい」
云われるままに天井を3回叩くと出て来た出て来た。貧弱な坊やが顔を出した。久しぶりに人と会って嬉しかったのか、彼は饒舌に真相を明かした。
「ボクは弟なんかじゃありません。奥さんの愛人です。もう17年間も誤魔化してきましたが、あの日は運悪く見つかっちゃたんです。社長がいつもより早く帰って来たんですよ。奥さんをぶん殴ったんで、ボクもカッとなってね、それで撃っちゃったんですよ。悪気はなかったんです。
もうこんな暮らしは辞めたいんですよ。でも奥さんは離してくれないし、社長は殺しちゃうし。ボク、どうしたらいいんでしょう?」
哀れに思ったシャピロは街を出ることを勧めた。奥さんのことはなんとかするから、君は自分の人生を歩みなさい。
かくしてオットー・サンフーバーは17年ぶりに自由の身となり、ワルバーガ・エステルライヒも証拠不十分により釈放された。
8年後の1930年、良心の呵責に耐え切れなかったのか、シャピロは警察に出頭し、事実をすべて打ち明けた。オットーとワルバーガは起訴されたが、共に時効で無罪放免。殺人については誰も罪を問われることがないままに、奇妙な間男の話だけが語り継がれることとなるのである。
なお、本件は『The Bliss of Mrs. Blossom』のタイトルで映画化されている。社長をリチャード・アッテンボロー、夫人をシャーリー・マクレーンが演じており、なかなか期待出来そうだが筆者未見。残念である。
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