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アドルフ・ルートガルト
Adolph Luetgert (アメリカ)



アドルフ・ルートガルト


ルイーズ・ルートガルト


ルートガルトのソーセージ工場

 アドルフ・ルートガルトはソーセージ工場の経営者である。1849年にドイツに生まれた彼は、新大陸で一旗上げようと海を渡った。彼の作る本場仕込みの腸詰は旨い旨いと評判で、数年のうちにシカゴでも有数の工場を構えるに至った。
 成功すれば浮気の虫が騒ぎ出すのが世の常である。人一倍性欲の旺盛だったルートガルトは手当りしだいに愛人を囲った。「秘書」と称する二号さんを工場に常駐させていた。その当然のツケとして、経営は次第に傾き始めた。
 妻のルイーズ(実は二人目)とは喧嘩が絶えなかった。
「あんた、女の尻ばかり追い掛けてないで、商売に身を入れてちょうだい!」
 そんなルイーズが或る日突然にいなくなった。1897年5月の初めのことである。彼女の母親が所在をルートガルトに訊ねると、
「てっきりお義母さんのところにいるのかと思いましたよ」
 警察に届けるように促すと、
「世間体が悪いので、警察だけは勘弁して下さい。その代わり私立探偵を雇いますから」
 ところが、婿殿は一向に探偵を雇わない。業を煮やした母親は警察に届け出た。

 早速、捜査に当たった警察は、5月1日の晩にルートガルトとルイーズが工場付近を歩いていたとの目撃情報を得た。それ以降、彼女を見た者はいなかった。
 また、工場の従業員からこんな聞き込みがあった。
「あれはたしか4月24日でしたかねえ、社長がね、蒸し器で苛性カリ(水酸化カリウム)をドバッてね、大量に溶かしてたんでさあ。何するのかと思ってねえ。劇薬ですよ、もちろん。あの中に落ちたら、人間だって溶けちまいますよ」
 問題の蒸し器を覗くと、底に何やらドロっとした茶色いものが残っている。それを布袋で濾してみると、いくつかの骨片と「LL」と刻まれた金の指輪が発見された。ルイーズ・ルートガルトのイニシャルである。
 彼女がここで殺されて、溶かされたことは間違いない。
 それでも念のため、本当に死体が溶けてしまうか実験したというから恐れ入る。どこから調達してきたのか、本物の死体を蒸し器に入れて、苛性カリで浸して2時間ほど煮詰めた。すると、死体は跡形もなくなり、先に発見されたのとまったく同じ物質に変化した。成分は石鹸と同じである。
 つまりルイーズは、後にナチスがユダヤ人の死体でそうしたように、石鹸となってしまったのである。

 ルートガルトは否認したが、あらゆる証拠が彼の犯行を物語っていた。骨片は病理学者によって人間のものであることが証明された。詰め物がされた歯は歯科医のカルテによってルイーズのものであることが証明された。そして、どうして金の指輪を外さなかったのかも判明した。ルイーズはリューマチで指が曲っていたために外せなかったのである。
 終身刑を云い渡されたルートガルトは、1899年7月27日、獄中で心臓麻痺を起こして死亡した。彼は最後まで否認し続けたため、どのようにして殺害したのかは判っていない。

 なお、この事件はタブロイドに格好の話題を提供した。なにしろソーセージ工場で人が殺されたのである。
「あなたの食卓に人間腸詰が!」
 実際には石鹸になったのだが、噂が噂を呼んで、子供たちもこんな戯れ歌を歌った。

 アドルフは悪いやつ
 カミさん茹でてソーセージ

 そんなわけで、イリノイ州ではソーセージがまったく売れなくなってしまった。同業者は廃業に追い込まれた。迷惑なはなしである。


参考文献

『殺人紳士録』J・H・H・ゴート&ロビン・オーデル著(中央アート出版社)
『カニバリズム』ブライアン・マリナー著(青弓社)
『殺人コレクション(下)』コリン・ウィルソン著(青土社)
『世界犯罪百科全書』オリヴァー・サイリャックス著(原書房)
『世界犯罪クロニクル』マーティン・ファイドー著(ワールドフォトプレス)


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