ベストセラーになったロバート・K・レスラー著『FBI心理分析官』の冒頭で紹介されている、「ツカミ」として申し分ない猟奇事件である。「サクラメントの吸血鬼」と呼ばれたこの男は、UFOからの指示に従い、被害者の血を飲んでいたのである。
彼は誰が見ても明らかに精神異常者であり、彼自身よりもむしろ彼を野放しにした者にこそ責任がある。
1950年5月23日、カリフォルニア州サクラメントの中流家庭に生まれたリチャード・チェイスは、少々内気ではあるが、ごく普通の子供だった。しかし、12歳の頃に、まず母親がおかしくなった。「浮気をしている」「麻薬をやってる」「私に毒を盛っている」などと夫をなじった。毎日のように続く両親のいさかいに巻き込まれて、チェイスの心は次第に蝕まれていった。ハイスクールに通う頃には酒に溺れ、マリファナを常用していた。
卒業後は職についたが、長続きしなかった。大学に進学してみたが、やはり続かず、既に離婚していた両親の家を行ったり来たりしてブラブラしていた。まもなく、自分の血がどんどん薄まっていると信じるようになり、
「誰かが私の肺動脈を悪用している」
などとワケの判らないことを病院に訴えた。1973年の時点で、精神科医は彼が重度の精神障害を負っていると診断したが、両親はそのまま放置した。
1976年、ウサギの内臓を生で食べた彼は、中毒症状を起こして病院に担ぎ込まれた。そして、そのまま精神科に送られた。その奇行は院内でも評判になった。つかまえた小鳥の頭を喰いちぎり、顔やらシャツやらを血まみれにしてウロウロしているところをしばしば目撃されている。看護師たちは彼を「ドラキュラ」と呼ぶようになった。
チェイスがドラキュラになったのには理由があった。彼は「誰かに毒を盛られたために血液が粉になってしまうので、血液を補充しなければならない」との妄想に囚われていたのだ。投薬によって症状は次第に落ち着いたが、完治したわけではなかった。薬を服用し続けることを条件に、主治医は彼を退院させた。しかし、まるでゾンビのような息子の状態を案じた母親は、薬をやめさせてしまった。そのために、症状はどんどんと悪化して行った。
|