東京大学医学部物療内科 土屋 尚之 強直性脊椎炎(以下AS)や、類縁疾患であるライター症候群、 反応性関節炎といった疾患では、HLA-B27が陽性であることが多い、 ということは多くの方がお聞きになったことがあるのではないかと 思います。実際に、診断の一つの補助として、ご自身のHLAの検査 を受けられた方も多いでしょう。 しかし、HLAとは一体何なのか、それがどのようにしてASと関連 するのかということは、専門の研究者の間でも最近一部が明らかに なってきたばかりであり、多くの患者さんもご存じないと思います。 HLAの生物学および疾患との関連に関しては、最近の免疫学、リウマチ学 の重要な研究分野になっています。 今回執筆の機会を頂き、私の手に余ることとも思われますが、ASと HLA-B27の関係についてどれくらいわかってきているかをできるだけ わかりやすく説明してみたいと思います。
HLAとは、 詳しくいうとヒト組織適合型抗原といいます。よく白血球の ようなものだといわれますが、ABOの血液型を決定する糖蛋白(糖の ついた蛋白質)が主として赤血球表面のみに存在するのに対して、 HLAは白血球のみならず、ほとんどの体の細胞に存在します。ABO型が 異なる血液を輸血された場合に副作用が起こるように、他の人の臓器が 移植された場合に、このHLAの型が違っていると移植された臓器が拒絶 されてしまいます。 HLAはいくつかのグループに分けられますが、話を単純にするために ここでは主要なグループであるA、B、DRのみにしぼって話をします。 A、B、DRそれぞれに数十の遺伝子のタイプがあり数字で呼ばれています。 (A1、A2、…、B7、B8、…、DR1、DR2、…、etc.)。それぞれにつき すべての個人が両親から一つずつの遺伝子を受け継いで、二つのタイプ のHLAをもっています。個々の細胞がそれらすべてのHLA分子を細胞表面 に持っているわけです(図1)。(ただし、HLA-DRは通常一部の細胞 にしか膜表面にでていませんが、細かいことはここでは気にしないで 結構です)。 ![]() 図1 HLAは両親のタイプの1セットずつを受け継ぎ、個々の細胞表面 に2セットずつ表出する 前述のように、A、B、DRそれぞれについて非常に多くのタイプがある ので、その組み合わせを考えると天文学的な数になりますので、すべて のHLAが一致する他人を見つける事は極めて稀であり、このために骨髄 移植のための骨髄バンクが必要とされるわけです。 HLA抗原は単なる血液型と異なり、非常に重要な機能を持つことが この20年ぐらいの間にわかってきました。細菌やウイルスなどの感染を 受けた場合、生体は免疫反応を起こして細菌やウイルスから自分を 防御します。このとき、重要な働きをするいくつかの細胞群があります。 まずリンパ球で、これはT細胞とB細胞に分けられ、B細胞は抗体と 呼ばれる蛋白質を産出して細菌やウイルスを攻撃します。 T細胞はヘルパーT細胞、細胞傷害性T細胞などのいくつかの種類に 分けることができますが、前者は外敵を正しく認識して、B細胞や細胞 傷害T細胞による攻撃を増強するようにコントロールする機能を持ち、 後者はウイルス感染を受けた自分の細胞や癌細胞を攻撃して除去する という機能を持ちます。T細胞はこのように免疫系が正しく機能する うえで中心的な存在ですが、自己と非自己を正しく認識するうえで、 T細胞受容体という蛋白質を使います。 ![]() 図2 HLAを介するT細胞への抗原提示機構 この際、図2で示したように、T細胞受容体は、そのままの形での 抗原(免疫反応を起こす物質)とは反応できません。抗原とは、通常 アミノ酸が数百個連なってできた蛋白質ですが、それが細胞内で分解 され、10個前後のアミノ酸からなる短いペプチドとなります。 これらの多数のペプチドのうち、自分のHLA分子とよく合う形のもの だけがHLA分子と結合し、細胞表面に出ます。この過程を抗原提示と 呼びます。 すなわち、T細胞受容体は、この抗原ペプチドとHLAの複合体と 反応するのです。この際、HLA-A、B、CはクラスIと呼ばれ、主として 細胞内で合成される蛋白(ウイルス抗原など)を細胞傷害性T細胞に 提示するのに対し、HLA-DR、DP、DQはクラスII細胞と呼ばれ、主として 細胞外から取り込んだ蛋白由来の抗原ペプチドをヘルパーT細胞に提示 します。 この際、HLA-B27の役割のタイプが異なると、ある抗原のなかで どのような部分がHLAと結合するか、という点が違ってきます。通常、 細菌やウイルスなどには多数の抗原があり、それぞれが多くのアミノ酸 からなっていることと、一人の人間には通常数種類のHLA分子を持って いること(図1)から、特定のHLAタイプを持つ 人がある細菌に非常にかかりやすい、という様なことは起こりませんが、 アレルギーや自己免疫といったような病態に結び付く可能性は考えられ ています。 免疫学は細菌急激な進歩がみられた分野です。詳しく知りたいとお考え の方は、いくつも一般向けのよい本が出版されておりますので、 できるだけ新しい本を選ばれてご一読されることをお勧めします。 ASの患者さんの90%がHLA-B27陽性であるという事実は1972年に報告 されました。これはHLA-B27の頻度の多い国でも少ない国でも同様の結果 がみられます。例えば北欧のラップ人などでは人口の25%がHLA-B27陽性、 パプア・ニューギニアでは50%が陽性とされ、アメリカ・インディアン やエスキモーでも非常に陽性率が高い地域があります。このような地域 ではASの頻度も高く、慢性関節リウマチよりも一般的な疾患であると さえいわれております。 これに対して、日本ではHLA-B27が非常に少なく、人口の0.4%前後と いわれており、結果としてASは非常に珍しい疾患と考えられています (そのかわり、ASとやや似たところのあるベーチェット病は欧米では 非常に稀ですが、日本では高頻度にみられます)。 ASとHLA-B27の関連のメカニズムについては、HLA-B27自体が関与する という説と、HLA-B27と極めて近くに存在するほかの遺伝子が原因なのでは ないかという説がありました。近年、HLA-B27遺伝子をラット(ネズミ)に 導入したグループがやはりASに類似した症状を起こすことを観察し、 HLA-B27自体が原因であるという説を強く支持しました。それで、HLA-B27 がどのようにしてASの原因になるのかということが現在の研究の焦点に なっているわけです。 AS同様HLA-B27と強い関連性を有し、臨床的にも類似した点に多い ライター症候群、反応性関節炎があります。これらの疾患は、食中毒の 原因にするような腸内細菌による腸管感染症(症状的には軽い下痢程度 のこともあります)や、 尿道炎(クラミジアによる)をきっかけとして、 仙腸関節(骨盤の関節)、膝、股関節などに関節炎を起こしたり、 結膜炎や ブドウ膜炎 を起こしたり、皮膚に炎症を起こしたりする疾患です。 慢性化した場合、一部がASに移行することもあるといわれています。 これらの疾患では、感染症がきっかけとなることがはっきりしています。 ASの場合はされほど感染症の関与ははっきりしませんが、炎症の 活動期には、腸内細菌のうち クレブシェラという菌が増えるという報告 もあります。 ASや反応性関節炎の原因を考える際に、HLA-B27と感染症が鍵を握って いることは、世界中のほとんどの研究者が考えていることです。それでは、 原因究明に向けての研究が具体的にどのように進行しているのか、という点 につき、次項からいくつかご紹介することにしましょう。 1) 分子相同性説(molecular mimicry theory) 1980年頃から、ASや反応性関節炎のきっかけとなると考えられている いくつかの細菌(クレブシェラ、エルシニア、サルモネラなど)とHLA-B27 分子の構造に似たところがあるのではないか、といわれてきました。 このために、細菌感染に対して引き起こされた免疫反応が、自分自身の HLA-B27と誤って反応(交差反応と呼ばれます)して、炎症を起こすのでは ないか、という仮説が提唱されました(図3)。実際、HLA-B27を動物に 免疫して作った抗体が細菌と反応したり、細菌に対する抗体がHLA-B27と 反応したりするという実験結果が数多く報告されました。 ![]() 図3 分子相同性説 近年、分子生物学の進歩が免疫学や臨床医学に応用され、重要な分子の 構造がアミノ酸配列レベルで解明されてきました。すると、興味深い ことに、いくつかの細菌には、HLA-B27分子と一部アミノ酸配列が共通の 部分が存在することが明らかになりました(表1)。 ![]() 表1 HLA-B27と腸内細菌のアミノ酸配列相同性 (アルファベットはそれぞれがアミノ酸の種類を示します。枠内がHLA-B27 分子との相合部分です) これらの知見から、分子相同性説は大きな支持を得ました。 しかしながら、これらの相同分子を実際に合成して、患者さんの血液中の 抗体を測定してみると、一部の方に反応がみられるのみであり、また、 アミノ酸配列が類似していても、例えばHLA-B27に対する患者さんの抗体は クレブシェラの配列とは実際には反応しないことがわかり、話はそれ程 単純ではないことがわかりました。 また、一般的にはある蛋白に対する免疫反応が起こっている場合、 その蛋白で刺激すると患者さんのリンパ球が反応して増殖するのですが、 ASの患者さんのリンパ球では、このような反応が認められず、この説 を支持する結果は得られませんでした。さらに、この説が正しいとした 場合、HLA-B27自体は身体中の組織に存在するにもかかわらず、なぜ 脊椎に強い症状を起こすのかが説明できません。 以上のような問題から、この説は現在はやや懐疑的に受けとめられて います。しかしながら、HLA-B27の配列がほかのHLAのタイプと比較して 特に腸内細菌と同じ配列を持ちやすいというのはどうも事実のようで あり、たとえ抗体が見つからなくても細菌に対する細胞傷害性T細胞が 自己の組織と交差反応するという可能性は残されています。 2) 修飾因子説(modifying factor theory) 1979年頃から一世を風靡したものに修飾因子説(modifying factor theory、あるいは提唱者の名を取ってGeczy 因子説)があります。 これは、ウサギでつくったクレブシェラに対する抗体のうち、ある特殊 なものには、ASの患者さんの細胞と反応しますが、ASでない HLA-B27陽性の人の細胞とは反応しないという性質があり、さらに、 ASでないHLA-B27陽性の方の細胞をクレブシェラとともに培養すると、 ASの人の細胞のように前述の抗体と反応するようになる、という 実験結果をもとにしたものです。これを解釈するために、図4のような 仮説が考えられました。すなわち、細胞のある成分がHLA-B27と結合し、 細菌に対する抗体が(HLA-B27と直接ではなく)細菌成分を結合した HLA-B27と反応して、組織障害を起こす、という説です。 ![]() 図4 修飾因子説(Geczy因子説) この説は、試薬の交換などで確認されたにもかかわらず、報告者以外 の研究者らは同様の抗体を作ることができなかったため、再現性がない として1985年頃からはあまり検討されなくなっていました。ところが、 次の項で述べるような理由から、この説は現代的な意味をもって リバイバルし得ると考えられます 3) 関節炎原因ペプチド説(arthritogenic peptide theory) 第1章で述べたように、HLAの本質的な 機能はT細胞に抗原由来のペプチドを提示することにあることが わかってきました。そこで、最も自然な発想として、HLA-B27には何か 関節炎を起こしうるような特定のペプチドが結合しやすいのではないか、 との仮説が生じてきました。ASや反応性関節炎の引き金になると 推定される細菌は多くは細胞内で増殖する菌であり、HLA-B27がこれらの 細菌由来の抗原ペプチドを結合することは可能です。 そこで、例えばこれらの細菌が、関節組織に存在する蛋白と類似する 部分を有しており、その部分がHLA-B27と結合しやすい構造であった場合、 細菌に対して反応するT細胞が関節組織に存在する、自己の抗原ペプチド を結合したHLA-B27陽性細胞に対して細胞傷害反応を起こす、という シナリオが考えられます(図5) ![]() 図5 関節炎原因ペプチド説 この説はよく考えてみると、細菌の抗原が自己の細胞のHLA-B27に 結合して、自分のT細胞に認識されるようになる、という点で、 T細胞と抗体という違いはあるにせよ、前述のGeczy因子説と極めて 類似しています。もしも、Geczyの作った抗体がこのような抗体で あるとすれば、彼は時代を先取りしていたのかもしれません。 この説は現在最も盛んに検討されている仮説の一つです。一つの 理由は、技術的進歩により、実験室レベルでは、大量の細胞から HLA-B27に結合したペプチドを取り出して、その構造を分析すること が可能になったことです。患者さんの細胞からHLA-B27に結合した ペプチドを分析することができれば、非常に有益な情報が得られる と思います。 4) 細菌侵入説 反応性関節炎の患者さんの関節組織を敏感な方法で調べると、 腸内細菌やクラミジアの菌体の成分が検出される、ということが 明らかになってきました。このようなことがあれば、こうした成分が 刺激になって慢性の関節炎が続いても不思議はありません。また、 強直性脊椎炎の患者さんには、 潰瘍性大腸炎やクローン病という腸の炎症性腸疾患が合併することが あり、また、このように明らかな病気の形を取らなくても、わずかな 腸の炎症が高頻度にみられるという報告があります。このような 観察から、HLA-B27が細菌の侵入門戸になるとか、HLA-B27の人は細菌を 排除する力が弱いなどの理由で、細菌が体内に侵入し、関節に 残存しやすいのではないか、という説が唱えられています (このような場合でも、関節から生きた細菌が培養 されてくるということはありませんので、ご心配には及びません)。 以上のようないろいろな説が検討中であり、しかも正解は一つとは 限りませんが、おそらく原因解明に関しては、今後5〜10年でかなり 明らかになるのではないかと個人的には思っています。原因が明らか になれば、自ら治療法や予防法の目処が立ちます。例えば、 HLA-B27に結合するペプチドが問題であれば、HLA-B27に結合はする けれども炎症は起こさないようなペプチドを作って、病気を起こす ペプチドがHLA-B27に結合するのをブロックしてしまえばよいでしょうし、 細菌感染が重要であれば抗生物質の使用を本格的に検討する必要が あるでしょう。ただし、どんな治療法でも、一度強直した脊椎や 関節を内科的治療でもとに戻すのは極めて困難と思われますので、 今後は早期発見が課題となるでしょう。 欧米では最近、 慢性関節リウマチや 潰瘍性大腸炎に対して使われる サラゾスルファピリジン(商品名サラゾピリン®) がASに対して広く試みられ、少なくとも膝や股関節などの炎症や、 血沈、CRPといったような血液の炎症反応に対してはある程度効果 があることが認められています。しかし、脊椎の強直を予防する効果 があるかどうかは、長期の追跡が必要ですので、まだわかりません。 また、多少の副作用が起こることもありうる薬なので、3ヶ月に 一度程度は血液検査をしながら使う必要があります。 いずれにしましても、ほかの原因不明の膠原病や慢性関節リウマチ と比較しますと、ASはHLA-B27という大きな手掛かりがあり、解明 に向けての研究も一歩先んじていると思います。患者さんの少ない 日本でも、もっと注目されることを期待したいと思います。 |