.全道展
(文中敬称略)
6月20日(水)〜7月1日(日)
札幌市民ギャラリー(中央区南2東6)
(7月7日、画像にリンクをはりました)
絵画
ここ数年、個人的には
「全道展って、会員は頑張ってるけど、一般クラスがちょっと寂しいよねえ」
というのが決まり文句だった。
70代、80代といったベテランが若々しい作品を発表しているのに対して、新しい層がちょっと手薄といった印象が否めなかったのだ。
でも、今年は、ロビーと、最初の大部屋(第2室)に、会員の作品が少ない代わりに、一般入選クラスの絵画が多数並んでいる。
作風はバラエティーに富んでおり、これから続く若い作家も多士済々であるということをアピールしているような感じだ。
まずは新しい世代の代表として、いきなり道新賞を取ってしまった久野志乃「clouds2」。
この春、道教大を卒業したばかり。3月に札幌時計台ギャラリーで開かれた卒業展で見たときは、エドワード・ホッパーとかエリック・フィッシェルあたりの影響が強いのかなーと思った。でも、画面にみなぎる疾走感は独自のものがある。これまで、少なくとも道内では見られなかった、躍動する画風じゃないかなと思う。
受賞はならなかったが、岡田拓也は、確か1998年の学生全道展で最高賞を受賞している。当時、北海高に通う高校生だったから、まだ大学生のはず。F200号の巨大な画面に、飛翔する蝶を真横からとらえたような絵は、開放感に満ちている。荒いタッチと、抑えた色数も効いている。
暗い色彩で人間の存在の根源を見つめようとするかのような「置きざりし日」の吉川孝も20代のはずだ。
あとは、年齢は分からないけど、なかなかフレッシュな顔ぶれ。
大熊敏弘「カタルシス」。2連のふすまのような支持体に、陰影を強調したトルソ像を2体描き、背景には金の正方形などの抽象模様を配して、和と洋の融合を図っているようだ。
ほかにも、
トランプをステージに見立てたシュルレアリスム的な世界を描く鈴木勉「SAAGE-JOKER」(佳作賞)、
男女と都市をゆがんだ線でユーモラスに描き例年より構図にみがきがかかった波田浩司「たくらみ」(同)、
臓器とも宇宙生物とも見える不思議な物体をモチーフとする近藤みどり「秘められた話U」(奨励賞)、
白の絵の具の奔流が滝のように画面を覆い尽くしている小笠原緑「水音」、
オレンジや黄が主体の風景に黒の線がスピーディーに走り回る神谷ひとみ「ベンチのある風景」、
点描が群像をやわらかく描き出した羽田美津子「女たち(鳥が来た日)」、
派手な色彩の輪郭線が画面を埋め尽くす中間弥生「オーエル2001」、
白と赤ですっきり構成された地に裸婦の浮かぶ山本恒二「時空(浮)」、
これまたすっきりした構図が目を引く横山正義「氷海(bQ)」、
独特の脱力感とユーモアの漂う山本昇「遠方の友」、
青を地に、線のストロークと、重なり合う色面の配置が楽しい佐藤榮美子「もし−古城に住めたら」、
宇宙空間に氾濫する商品を写実的に描いてポップアート的な感覚を出した高橋将「再びMessage B」、
木に変身してしまった人間を描いた澤田弘子「その時B」、
とにかく赤や緑の極彩色が印象的な原田恭子「インターネット「南太平洋T」」
など、きりがないのでこの辺でやめておくけど、とにかく、後続世代が枯渇することがないのは確かなようだ。
ほかの部屋でも、前川アキや石垣亜希といった若い世代が目に付いた。
もっとも、たとえば(引き合いに出してゴメンナサイですが)新道展ではここ数年、協会賞などの受賞者がその後出品しなくなるといった例もあり、「苦節何年で会友、会員に」というピラミッド型のやり方が、若い人になじむかどうか、結論を出すには早いかもしれないが。
ほかの部屋に展示されている作品では、マチエールの重みが感じられる船川照枝「見つめる時節」(奨励賞)、若い女性の三態を一見写実的だがラフなタッチで描いた山本真紀「in the distance」(同)、画面中空をほぼ空白にした独特の抽象画「影−1」の高田健治(新会友)らが印象に残った。
奨励賞の田上万司「奏でる縄文人T」は、新聞紙をまとった埴輪6体がそれぞれらっぱやバイオリンやギターを演奏する様子を描いた絵で、理屈ぬきに楽しい。新聞紙の描写はすごくリアルで、逆にいうと、新聞紙を絵にかく場合はこれくらいやらないと説得力が出てこないんだろうなと思う。
佐藤徳子、中村ひな子、林洋子、大久保孝蔵らの名前も挙げておく。
今年も絵画部門だけで7人も会友になった。
昨年の10人に続く大量「昇格」だ。
まあ、運営に口を出しても始まらんのだけど、傍目には
「多すぎないかなあ」
という気がしないでもない。
会友からさらに会員にステップアップするのは狭き門だから、とうぜん会友に滞留する率が高くなる。
図録の巻末の年表でみると、昭和40年代から会友にとどまっている人がけっこういるのだ。
そんな中で緊張感を保って仕事をするのは、たいへんなことだと思う。
今回晴れて会員になったのは、板谷諭使、斎藤矢寸子、佐野忠男の3人。
板谷は虫や人間などのモチーフをシュールレアリスム的に描く作家で、腕は確か。
斎藤も、卵型の都市と人物を組み合わせて不思議な世界を描く作家だが、今年の「分割される円形都市U」は、これまでのワンダーランド的なモチーフは影を潜めて、人物を正面から見据えた画面になっている。
佐野は昨年までの作品の記憶が正直言ってないのですが、今年の「窓辺の風景」は、水平線を取り入れるとともに色数を抑え、静謐な感じのする作品になっている。
ほかに坂井伸一、道添宗敬、吉田周史らの作品にひかれるものがあった。とりわけ、吉田の「崩壊からの脱出」は、木馬を、赤や緑などの細い線の集積で表現しており、たいへんな労作である。
また、門馬よ宇子「私との出会い」は、自画像の写真をキャンバス片にいくつも焼き付けたものだが、先月の大がかりな個展には出ていなかった作品で、そのバイタリティーにはつくづく感服させられる。
会員は、例によって安心して見ていられる作品が多いが、なかでもはっとさせられたのが鎌田俳捺子「水」。これまでの作風の延長線上にある抽象画なのだが、重なり合う青や緑の深さは、息を呑むほどだ。風土、精神性といった言葉では汲み尽くせない深遠さを宿しているようだ。
ほかに、近堂隆志がアメリカ抽象表現主義を思わせる、すっきりと力強い画風に転じたほか、土屋千鶴子が一時のモノクローム調を脱して華やかな色彩を取り戻しつつあるのが目を引いた。高野政志の、シンプルながら、筆勢を生かした風景画にも心惹かれるものがあった。
例年と同じ作風の作家では、野本醇、福井路可、谷口一芳、高橋靖子、菅野充造らが緊密な画面づくりを続けている。
いつも謎めいた画面で強い印象を残す森弘志は、今年は画面に大幅に文字を導入した。ひらがなだけの、女子高生が書いたようなテキストだ。題名「浦安市舞浜町1丁目1番地」が示すとおり、ディズニーランドに行ったときの感想がつづられている。画面は混雑したレストランで若い女性がランチをナイフとフォークで食べている様子を描いているのだが、テキストがなくても、現代日本の一段面を切り取ったという性格は際立っている。
輪島進一らについては別項に譲ります。
最後に。個展を終えたばかりの竹岡羊子が、珍しく、カーニバルの絵ではなく、街中の満開の桜を題材にした新作「めぐりくる春…されど…。」を出品している。まばゆい色彩がよけいに寂しさを感じさせる逆説は、ここではますます強くはたらいているようだ。なぜか、前を立ち去りがたい1点だ。
会員の田辺謙輔、戸次正義の遺作が陳列されていた。田辺は創立直後の第1回展で会員に推された大古参であり、また戦前の名寄・士別地方で美術振興にも大いに力があった。戸次(べっき)はまだ59歳。ラテンアメリカの美術にヒントを得た独特の世界を追求していただけに惜しまれる。
版画
全道展の版画は、分かりやすい。
会員に「プロ」が多いのも特徴だろうと思う。みな、安心して見ていられる。
日本版画界の長老的存在である北岡文雄が、白を生かした木版で健在ぶりを示す一方、今年90歳を迎えた一原有徳がこれまでと同様に硬質の抽象世界をモノタイプによって作り上げているのがうれしい。
森ヒロコ、手島圭三郎も安定した力量を見せ、渋谷栄一は洒脱なパリ風景を、画面いっぱいに躍る曲線とともに表現し、萩原常良、平塚昭夫、伊藤倭子、北川佳枝らは落ち着いたまなざしで自然をとらえている。
大本靖の「しん山B」は、画面の大半を黒い山塊が占めるのは例年と同じだが、表面を、厳冬期にガラス窓につく氷のような模様が覆っている。玉村拓也は木版の特質を生かした、闊達な線の作品。
会員すべてに言及したいくらいだが、次へ。
新会員には、佐藤克教と宝賀寿子。
佐藤の単色木版画は、SF映画に出てくるエイリアンのような不思議なフォルムを陰影豊かに描いたもので、一度見たら忘れられない。
宝賀は、若冲「野菜涅槃図」に触発された木版などユニークな作品を作っている。
今年の会友は、単色一版の作品が多い。安藤康弘は木口木版を思わせる細密な世界。吉田敏子「冬日―朝」の静謐さにも惹かれるが、吉田さんってむかしパリにいた吉田さんですよね。
一般は多色刷りが多い。
そんな中で、友野直実(道新賞)は抽象で、奥の深い画面を作り上げ、高橋潔(奨励賞)は宇宙的なイメージをめくるめく空間にまとめている。坂井笙子(同)は多色だが、これまでのシーラカンスなどからモチーフの枠を広げているのが注目される。
それ以外の作品では、さっきもかいたけど木版の多色刷りが過半数を占めるが、その中では、水田に映る夕日を描いた松田行雄が印象に残った。大半は穏当な写実的作品なだけに、緊密な抽象空間をつくった斉藤美和子や佐野志都香(また若手だ!)がひときわ目を引く。
彫刻
会場に入ると、今回会員に推挙された橘井裕のインスタレーション的大作「鉄学の小径(ミノ虫)」がでーんと置かれている。題名も含め、なんともユーモラスな作品である。
ほかに新会員は水野智吉、村岡克巳。水野は、清楚な感じの漂うトルソ。対して村岡は立方体などを組み合わせたスマートな抽象である。
どちらかというと具象彫刻が多く、まじめな印象のある全道展だが、ユーモアのある作品も散見された。
会員では、丸岡哲也のウサギの首、黒田栄一の太った猫、田中隆行のテラコッタの横たわる裸婦など。
会友では、ジャガイモのような形を組み合わせた奥山悦子が目立っていた。
佳作賞の野村裕之も、階段の上で三人が笛を吹くさまを石でほった、楽しい作品である。
抽象が少ない中で、埋もれ木を組み合わせた岡沼淳一の仕事はやはり安定した力量を感じさせる。以前は木などによるにぎやかな大作を搬入したこともある二部黎は、近年石の彫刻に取り組み、まとまりのある作品に移行している。
一般では、小川誠が初出品ながら、最高賞の協会賞に輝いた。
協会賞の「祈り」もいいが、同時出品の「Hole-DayW」も優美さと量感を両立させた佳作である。
道新賞の山田亜沙子は、ボリューム感のある力作。佳作賞に鈴木澄江、奨励賞に井上加奈と、女性が女性をモチーフにした作品が入賞したのも今年の特徴といえようか。
全道展の彫刻は伝統があり、かつては山内壮夫や本郷新らも会員だったし、いまも佐藤忠良や安田侃は会員に名を連ねている(出品はなく、審査にも来ないけれど)。しかし、会員は、いかんせん十数人しかいないわけで、その中から秋山沙走武、斉藤一明、桜井雅文(まだ40歳!)と三人もの物故者があったというのは、大変なことだろう。これまで審査をリードしてきた秋山の逝去は、あるいは今後の審査の方向性を変えるかもしれない。
工芸
審査をめぐる問題がこじれたせいかどうか詳しいことは知らないけれど1999年から2000年にかけて大量の退会者を出した工芸部門だが、一版出品者の数が(質も)ほとんど変わらないのは興味深い。たとえば、陶芸家がうつわを売る際に「全道展会員」というのは絵画ほどにはハク付けにはならないように思うのだが、やはり歴史ある公募展で腕試しをしたいという層は必ず存在するものなのかもしれない。
一般のバラエティーに富んだ作品を見ていると、後年には全道展工芸も変わっているのだろうという気にさせられる。
個々の作家には言及しないことにします。ごめんなさい。