◇牧師室より◇
国際政治学者の坂本義和氏について、私は「岩波新書」や雑誌の論文しか読んでいないが、平易で明快な論述に魅せられて愛読してきた。
今年の7月に「人間と国家 ある政治学徒の回想」を上梓している。上巻は、幼い頃の上海での戦争体験から始まり、米ソ冷戦・核時代の格闘までを書いている。下巻が圧巻で、引き込まれた。東大紛争を教授側から、実名入りで克明に推移を書いている。そして、冷戦前後に世界各地で行った「平和会議」の様子、知識人たちとの共同研究や交流、時を得て出した日本社会への訴え、東日本大震災から示されたこと、更に世界の未来へのメッセージまでを書いている。顔も論述も誠実そのもので、私は、国家と向き合ってきた坂本氏の平和に関する「遺言」として読んだ。
坂本氏の基本的な平和論はモントリオールで開かれた世界政治学会での発題報告で語った下記の言葉に凝縮されていると思う。「私は、これまでの平和研究は、基本的に『紛争解決』による安全保障や平和を考えるという発想に基づいているが、そもそも『紛争』の主体と認識されず『紛争』をひき起こす力さえないために黙殺されている弱者が多数いる。その声を聴き取らない平和研究の前提そのものを自覚的に再検討する必要があることを指摘しました。」見捨てられた人々の声を聴くことから平和が構築されていくと訴えている。
「あとがき」で戦没学生の手記「きけわだつみのこえ」から「学徒の魂は真実のない国家よりも、国家のない真実を求める」を紹介し、「私より六年上で、中国で戦病死した一学徒のこの言葉は、私の胸を衝きます」と書いている。
「人間と国家」という表題からも分かるように、人間の尊厳が国家権力に優先する。米国一国主義の時代は終わり、国家は相対化してきた。自覚的な市民社会の成長と連帯が平和を創り出していく。そこでは「他者のいのちに対する感性」こそが現実を変革すると、未来への指針を熱く語っている。