牧師室より

映画「善き人のためのソナタ」を観た。旧東ドイツの共産主義体制が強固に確立していた時代である。国家保安省(シュタージ)局員のヴィースラーは、劇作家のドライマンと舞台女優である恋人のクリスタが反体制的な活動をしている証拠をつかむように命じられる。命じた大臣は女優に惹かれ自分のものにしたいと、ドライマンを追いやるためであった。成功すれば出世が約束された。二人と仲間たちを徹底した監視の下に置いた。ところが、盗聴器から聞こえてくる二人の深く愛し合う声、心揺さぶられる音楽、仲間たちが交わす芸術論などを聞き、閉ざされた非人間的な体制から、人間らしい愛と真実に目覚めていく。二人と仲間たちの東ドイツの実情を西側に伝える秘密活動を見逃し、更に、彼らの逮捕を免れるための手助けまでしてしまう。そのことが当局に発覚し、身分没収、長い労働刑罰が科せられる。

壁の崩壊後、ドライマンは監視されていたことを知り、シュタージが記録していた文書を読む。自分が逮捕されないように計らってくれた局員の暗号名を知り、それがヴィースラーであることを突き止める。彼は「善き人のためのソナタ」という小説を書き、言葉を交わしたことは一度もないが、自分を救ってくれたヴィースラーに献呈する。労働刑罰から解放されたヴィースラーはチラシ配りの仕事をしていた。町でドライマン著の広告を見て、その本を手にする。暗号名ではあるが、自分に献呈すると書かれてあった。報われた彼の本当に満足そうな顔の画面で映画は終わる。どんなに束縛された世界でも愛と真実を求めたいと心を開く「善い人」はいる。

昨年6月、旧東ドイツで厳しい監視下に置かれた牧師たちから聞いた諸々の話が蘇った。盗聴を逃れるためエンジンをふかした車の中で話し合った、尾行は常のことであったと聞いた。統合後、当局に通じていた牧師は5%と少なかったことが判明した。また、シュタージが残した記録によって、密告事情が公開され、互いに心痛む実情があることは想像できるでしょうと言われた言葉が印象に残っている。