牧師室より

 むのたけじ氏は、戦争中大本営発表の報道を垂れ流し続けた責任を取って朝日新聞を退職された。戦後は、秋田県横手市で週刊新聞「たいまつ」を発行し、また、湯沢市の市民団体と「むのたけじ平和塾」を開いて、平和講演に打ち込まれた。

むの氏はこの4月に「戦争いらぬ やれぬ世へ」を上梓された。11 の講演と「詞集たいまつ」を加えた講演集である。90歳にもなるから体は痛んでおられるが、平和への一途な思いとその歩みは読む者に感銘を与える。それは過去の過ちから決別した人の真実ではないかと思う。

高いところから平和思想を教えるのではなく、あくまで民衆の中で民衆と共にある秋田弁を貫き、また遺言のつもりで語っておられる。そして「人間としてのやさしさ…人の世にこれほど強いものは他にあるまい。これに勝てるものはあるまい」と書いている通り、激しく厳しい時代批判の言葉の中から響く人間への深い愛が嬉しい。

社会変革などはできない、戦争をなくすことは不可能だという人は多い。しかし、むの氏は人類史を24時間とすると、戦争を始めたのは235830秒で、根の浅い出来事であるから、根っこから抜き去ることができないわけがないと言われる。諦めず、生活を賭けて平和への歩みを続けることだと力説される。

むの氏は魯迅に深い影響を受けておられる。魯迅の「野草」の中に「絶望の虚妄なることは、まさに希望と相同じい」という言葉がある。むの氏は下記のように語っている。「私はこれを『絶望がほんとなら希望もほんとだ』というふうに解釈しています。こんなに駄目な、こんなにおがしげな日本をまともに感じ取り、絶望を感じ取る人間、それが希望をつくる人間だと思っているわけだ。そういうふうに言葉を言い換えて自分を励まし、人にも言ってきましたけれども、今は90になってしみじみ思う。絶望は希望の中にあり、希望の中に絶望があるんだと言うことです。」

私たちは絶望を恐れて、直前で逃げ出したり、また回避するため巧みな言い訳をしたりする。そこからは新しい自分は生まれてこないであろう。事実を直視し苦しんで関わり、打ちのめされて絶望する。そこから希望が生まれるというのは真実ではないか。