2006年3月のみことば

慰めと希望の神

 わたしの魂よ、主をたたえよ。わたしの内にあるものはこぞって聖なる御名をたたえよ。わたしの魂よ、主をたたえよ。主の御計らいを何ひとつ忘れてはならない。主はお前の罪をことごとく赦し、病をすべて癒し、命を墓から贖い出してくださる。慈しみと憐れみの冠を授け、長らえる限り良いものに満ち足らせ、鷲のような若さを新たにしてくださる。
                        (
詩篇103編1節〜5節)
 この詩は、神さまに愛され、また神さまを愛してやまなかった、ダビデに結びつけられた詩です。彼は詩の冒頭で、自分自身に3度も次のように呼びかけているのです。わたしは正直に申しまして、その経験から、みなさんは今すぐにはこの詩に感動できなくても、やがてお好きになるに違いないと思っています。この詩は何とも味わい深いものなのです。これから、この詩の内容について語りたいと思います。ダビデは、主なる神さまが彼にくださった恵みを、六つ取り上げています。

 その第一は、「主はお前の罪をことごとく赦された」(3節)と、罪の赦しにふれています。聖なるきよい神さまの前には、人間はみな罪人です。明白に他人に気づかれるような、外に表れた罪もありますが、ご自分の内に抱えた罪や罪の思いはあなたにもあるかもしれません。罪の自覚が問題なのではなく、神さまに背を向けて生きていることこそ罪の姿なのです。ですから、使徒ヨハネが、「自分に罪がないというなら、自らを欺いているのだ」といったのは真実だと思います。神の独り子であられる、主イエス・キリストさまが、この人の世に来られたのは、まさに人をその罪から救うためでした。 主は、ご自身が十字架上で流した血潮によって、人の犯した、そむきの罪をあがない、ゆるし、清めるために、来られたのだからです。これは真実のことなのです。
 次に紹介する、英国国教会の牧師で、讃美歌作家であった、オーガスト・モンタグ・トプタディ(1740-78)作、讃美歌「千歳(ちとせ)の岩よ」は、正にそのものすばりなのです。

千歳の岩よ   わが身を囲め
裂かれし脇の  血しおと水に
罪もけがれも  洗いきよめよ

かよわき我は  律法(おきて)に耐えず
もゆる心も   たぎつ涙も
罪をあがなう  力はあらず

十字架のほかに 頼むかげなき
わびしき我を  憐れみたまわん
み救いなくば  生くるすべなし

世にあるうちも 世を去るむときも
知らぬ陰府(よみ)にも 裁きの日にも
千歳の岩よ   わが身を囲め
          (讃美歌21 449)

 みなさんは、中世時代に書かれた「キリストの模倣」の著者、トマス・ア・ケンピスの次の言葉を紹介します。「聖者にして、自ら聖しと思うものなし」という言葉です。本当に信仰に生きた人ほど、自分を知るのです。主イエス・キリストさまの御許に身を寄せてきた人々は、罪ある人々、取税人たち、それに遊女たち、と聖書に書かれています。彼らこそ、主の御許に来て、罪の赦しと、いたわりと、慰めと、安らぎを得たのです。神の福音とは、正にこのことです。どんな罪人でも、身を寄せる場所がある。それが、主の説かれた福音ではないでしょうか。
 わたしの青年時代のことです。まだ、求道中でしたが、もうひとかどのクリスチャンになったと思いこんでいたとき、「お前にはまだ人を憎む気持ちがあるではないか」と、主のご指摘を受け、泣きながら主の御赦しを請い、安らぎを得た、わたしの回心と新生の体験をいたしました。そこから、洗礼を受け、クリスチャンとしての生活を始めることになったのです。

 第二は、「病をすべて癒やし」(3節)と、ダビデは言いました。ダビデがどれほど重い病にかかり、そして、癒やされたのかはわかりません。ダビデは王でしたから、きっと名医がそばにいたことでしょう。けれども、彼は、「主がわたしの病をお癒やしくださったのです」と、主に感謝をささげています。ダビデは、主をよく知っていました。主は、彼の命を長らえさせることも、そうしないでおくこともおできなさるのだということを。だから、彼は、幼な子のように、いつも主にすがりついていたのです。
 わたしは青年時代には40歳まではとても生きられないだろうと言われるほど病弱でしたが、なんと、その倍以上も生かされて今日あるのは、主の憐れみ以外の何ものでもありません。わたしたちの健康や病の癒やしも、死より復活された、生ける主イエス・キリストさまの賜物なのです。やがて、そのすべてがわたしたちに分かる日が来るでしょう。主こそ、生者と死者との支配者でおられるそのことも。

 第三は、「命を墓から贖い出してくださる」(4節)と、ダビデは言っています。わたしたちの主イエス・キリストさまは、一度は死んで、アリマタヤのヨセフの墓に葬られて、いわゆる、陰府にまでくだられました。それは、わたしたちのためでした。つまり、わたしたちをそれぞれの墓から、陰府の底から、陰府の力から、購い出すためでありました。したがって、主にあるわたしたちは、もはや二度と死を味わうことはありません。洗礼を受けたわたしたちの命はすでに、復活の主イエス・キリストさまの中(うち)にあるからです。ダビデにはすでに、わたしたちを含めての、主の墓からの甦りの奥義を知らされていたのです。
 ヨハネの黙示録14:13には、「また、わたしは天からこう告げる声を聞いた。「書き記せ。『今から後、主に結ばれて死ぬ人は幸いである』と。」“霊”も言う。「然り。彼らは労苦を解かれて、安らぎを得る。その行いが報われるからである。」とございます。

 第四は、「慈しみと憐れみの冠を授けてくださる」(4節)と言っています。これはとてもうるわしい形容です。賀川豊彦先生の恩師、シ・エ・ローガン先生は、次のようにおっしゃっています。「主イエスの冠は、荊刺(いばら)で編まれていた。でも、主イエスご自身は、その弟子たちには、いつくしみとあわれみとで、二色の光栄ある冠を編んでくださいます」と。そして、「冠というものは、王者のかぶるべき印でありますが、主はわたしたちを王様の位置にまで引き上げてくださいます。」と。
 ルカによる福音書15章にある、主イエスが語られた「放蕩息子のたとえ」をご存じでしょうか。持って出た父の財産をすべて使い果たし、零落したところで悔いて父の元に戻って来た息子に、父がどのようにして迎え入れたことかを。うなだれて家に戻ってくる息子を父親は見つけると、憐れに思って走り寄り、首を抱いて接吻をしたのでした。息子を家の中に入れると、すぐさま、一番よい服を息子に着せるようにしました。手には指輪をはめてやり、足には履き物をはかせるのでした。そればかりではなく、肥えた子牛を殺して、息子のために盛大な祝宴を催したのでした。
 なぜ、そうまでするのでしょうか。「この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。」これが、父の言葉でした。主イエスは「父とはそういう者であり、これが、正に神のみ心なのだ」とおっしゃったのです。だから、ダビデも、13節に「父がその子を憐れむように、主は主を畏れる人を憐れんでくださる。」と、うたっているのです。

 第五には、「長らえる限り良いものに満ち足らせ」(5節)と言っています。恵み深い天の父は、空を飛ぶ小鳥たちや野に住む千々のけもの、海に住む魚たちに至るまで、みんな養っておられるのです。
 旧約聖書の創世記25章に登場する、ヤコブ・イスラエルを知っていますか。双子の兄エソウと大げんかして、家にいられなくなって、家でした人でした。しかし、神の憐れみは彼と共にありましたので、その旅を祝福されました。神は、ベテルの野原で野宿する彼の枕元に立って、生涯に変わらない祝福を約束なさいました。その約束は実現されたのでした。このヤコブ・イスラエルが、目もかすみ、死期も近づいてきた時に、「わたしの先祖アブラハムとイサクがその御前に歩んだ神よ。わたしの生涯を今日まで導かれた牧者なる神よ。」(創世記48:15)と、孫を祝福する言葉が記されていますが、それは、死を迎えるその時まで、神は必ず養い守ってくださるという信頼の告白でもあり、神の祝福の遺産相続でもあります。だから、すべての心労は、恵みに満ちておられる神さまにお委ねいたしましょう。

 第六は、「鷲のような若さを新たにしてくださる。」(5節)と言っています。何故でしょうか。それは、わたしたちクリスチャンは、死んで復活された主イエス・キリストさまの力でおおわれるからです。わたしたちの若さの秘訣は、主イエス・キリストさまです。このお方と常に連携して、歩いていることが肝腎です。
 みなさん。ダビデのように、わたしたちも主の恵みを数えながら、日々に献身の道を歩んでまいりましょう。そうするならば、必ずや、神の祝福を受け継ぐ者となるでしょう。
埼玉新生教会  中村忠明牧師
(なかむら ただあき)




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