《除夜》



転戦に次ぐ転戦でほぼ半日を戦いに費やした小隊が市内に戻ったのは、午後4時のことだ。
善行はオフィサーについては問答無用で帰宅とした。長時間戦闘の疲労に加え、ウォードレスの装着時間を越えてしまったために皮膚症状が見受けられたからだ。痒みとは要は微弱な痛みであって、鎮痛剤で抑えることはできる。が、数日は不快な湿疹とつきあうことになる。自分の運用の甘さのせいと、善行はさすがに申し訳ない気持になっていた。
いつもはそうはいっても、と整備を手伝ったりぐずぐずしがちな彼らも、さすがに早々に姿を消し、午後6時を回る頃には作業を終えた整備士たちも退出してゆき、校内はこの時間にしては珍しいほどに静まりかえっている。

善行もこれ以上の仕事は効率が悪いと感じて帰宅することにした。前日は詰め所に泊まりだったので、丸二日ぶりの帰宅となる。猫のことは余所にも餌のやり手があるらしいので心配はしていないが、それでも顔を忘れられない程度には帰りたいものですねえ、と一人ごちる。
書類をまとめて仕事場を出ると、当たり前のように若宮がやってきて、校門へ向かう善行の背後について歩き出した。彼は頭に包帯を巻いて額にあてたガーゼを止めている。爆風で飛ばされた瓦礫が、ヘルメットがへこむ勢いで当たったという、彼には珍しいタイプの負傷だった。
「傷の具合は?」
「縫うまでもありません。明日には治るというのに、大げさにされました」
面目なさそうに答える顔は、疲れは見えるものの、逆に生き生きとして見えた。他に負傷者がないからこそ、という気分がそうさせるのだろう。

道すがら、善行は少しだけ明るい話をした。ペシミズムの申し子のような善行さえ、防衛戦は成功に向かいつつあると感じている。その立役者がこのはみ出し者ばかりの5121だ。かつては笑い種とされた人型戦車は、今ではどの戦場でも歓呼の声で迎えられる。子供たちもそれを誇りとし、常に最前線を渡り歩く日々をむしろ喜んでいる。
次の休戦期にはみんなで……と言いかけて、さすがに鬼が笑いますかね、と笑い飛ばした、その寝言のような言葉にも、若宮は黙って頷いただけだった。




戦闘中に摂取した薬はすっかり切れている。仕方なくアスピリンでごまかしたものの、首の下から胸にかけてが赤く腫れて痒みを感じる。ほかにも腕の内側やら下腹やらにも出ている反応、若宮はそこを避けて唇を這わせていたが、善行はむしろ触れられる事を望んだ。
「そう、そこ………あ………………いい」
めずらしく口に出したのが別の意味とわかって若宮は呆れたようだ。
「自分は孫の手がわりですか」
さすがに若いというべきか、おざなりな口淫で形になったものの、若宮の首から上はその気になる/ならないの境界線にいるらしく、手指だけの施しを続けていた。時をおいて律儀に繰り返される口付けは、今の善行には嫌味としか思われない。

そこへ押さえた呼吸と衣擦れに、もう一音が加わってきた。
ゴーン、という低く長い響き。
「鐘……」
泊まりから早朝の出撃と、変則が続いたせいか、感覚があやふやになっていたことに善行は苦笑した。
「なんですか?」
「そう。今日は、……大晦日……でした」
乱れもしない息の元、若宮が笑う。
「そういえば、そのようです」
腹の下で押し潰されている腰が揺れて、指を突き入れられた箇所に純粋な痛みが生じた。痛みと言えば、あちこちの湿疹に汗がしみてこれも相当に痛い。しかしこれらの感覚は脳に伝わるまでに快楽の一要素に昇華され、さらに強い刺激によらなければ鎮まりそうになかった。
ゆっくりと馴らす抜き差しに厭きた腰を、先を求めるように動かすと、また同じ刺激が送られてきて、あっと我知らずあがった声に、また一撞が重なった。
「これでは……煩悩が……消える、どころか……」
鐘の音の清しさは、神をなくした善行をしていたたまれないものを感じさせた。なにしろ若宮を部屋に強引にあげたのも、シャワーを浴びたそのままの姿でのしかかったのも、善行だけの煩悩の仕業なのだ。
自分の業深さがあらためて意識されて善行はぞくりと背を震わせた。伸びをするように反らした腹の下、充実した自身の零すもので濡れた茂みが、絡まりつくほど相手の太股に擦れる。

もう焦らすな、という意味をこめて頭を引き寄せると、そこでやっと若宮は、彼自身を打ちこむ作業にとりかかった。善行は目を閉じて行為の中で最も暴力的なそのひとときに耐え、瞑った目蓋の裏に火を見て、そして最後はいつもの虚脱感に下半身をどっぷり浸し、明け渡した。
だがそうして収めきったあとも、若宮は冷静で、善行を極めさせるのが先と思い定めているらしかった。勃ちきったものを撫で、搾り、促す。実際、どこがどう良いか知り尽くした愛撫が悪いはずはない。登りつめる間ずっと善行は若宮の温い僅かに湿った髪に指を絡めていた。彼の額を横切るように巻かれた包帯が指の腹に触れる。そのざらりとした感触にさえ善行は、えもいわれぬ悦びを感じた。



「このまま、続け、と、……"姫はじめ"になるんですか、ね」
善行は腹に乗った相手の重みを実感しながら声を出した。正直なところ、さっさと起きて汗を流したかったが、疲れ切った四肢の抵抗にあって諦めたのだった。
「ひめはじめ、ですか?」
どうやら、この品が良いのか悪いのか判りかねることばは、初めて聞くらしい。
「ええ、そうですよ」
そうですか、と言った興味のなさそうな顔が少し意外だった。下品な冗談でもひねったほうが、よほど若宮らしい気がするのだが。
「きいたこと、ありません、か」
「秘め事、の"秘め"、でしょうか?」
善行は完全にしてやられて吹き出した。"秘め事"などという古風な言葉が出るとは思わなかったのだ。よりによって若宮の口から。腹筋に力が入ると、まだ若宮を収めたままの場所と、相手の腹筋に擦れる爛れた場所が痛んだが、それでも善行は笑い続けた。だいたい自分たちが秘めるのに、はじめも終わりもないだろうとも思う。

何がおかしいのですか、と若宮の顔に書かれてあるのにやっと気づいて、
「その、ひめ、じゃ……あり、ません……」
そう答えてやる間も息をきらしていたのが、癪に触ったのだろうか。若宮はちょうど、あ、のところから回すように腰を使い出した。熱を帯びたままの内側が的確にとらえられる。善行は一突きの度に弱い神経の巣を押し上げられて、卑怯だと呻き、沸き上がる甘い疼きに声を噛んだ。
「あ……、えー、おひめさま、の姫ですが」
ぐらぐらする思考をまとめて何とか説明してから、どうにもしまったなと思った。大の大人が「お姫様」は恥ずかしい。

幸い若宮はその部分には触れずに通り過ぎた。かわりに凶暴な笑みを浮かべた唇で、
「しかし貴方は、これでは……」
湿り気を帯びた太い指が、善行の顎を抓んで擦り上げる。約二日剃らない髭は無精髭の範疇を越えるほど濃くなっている。
「これで姫のつもりですか」
「そうですよ、もちろん」
善行は自棄になって答え、それから我ながらどうかしていると思いつつ、相手の首にかけた腕に力を込め抱き寄せた。夜気の中で太い首筋は熱くじっとりと汗ばんで、生きて番っているという感じが強くした。
掴まれ固定された腰を一方的に嬲る動きが、滑らかな律動に変わる。あがろうとする声を止める余裕もなくなり、善行は頭の芯が爛れ落ちるような酩酊に身を委ねた。
「たしかに、自分には過ぎた……かもしれません」
無意識に髪をかき混ぜる指のせいで、若宮の包帯が外れて落ちた。顔を被う白い布に気を取られた善行の耳には、若宮の遅きに失した感想は、もはや一音たりとも届きはしなかった。


<劇終>



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★20080117 ASIA おくればせ(すぎ)お年賀……