牧師室より

岩波書店の月刊誌「世界」に徐京植氏が「ディアスポラ紀行」を連載し、終った。聖書に「ディアスポラのユダヤ人」が大勢登場している。祖国を離れ異国に住む「離散したユダヤ人」のことである。聖霊降臨によって誕生した最初のエルサレム教会は生活を分かち合う共有制で、その中に「ディアスポラだったユダヤ人」たちも加わっていた。ところが、ギリシャ語を話すディアスポラのやもめたちがヘブライ語を話すユダヤ人たちから食料の分配で軽んじられた。ディアスポラは差別されたのである。この差別を是正するため、霊と知恵に満ちた評判の良い7人を選んで、公平な給食の奉仕に当たらせたと記している。

徐氏は、在日朝鮮人でハンセン病を負った金夏日氏の歌を紹介している。「指紋押す指の無ければ外国人登録証にわが指紋なし」。ハンセン病で指が失われ、指紋を押そうにも押せないからである。金氏は先に渡日していた父を訪ねて来日した。働きながら夜学に通ったが、発病して多摩全生園に隔離された。解放後、家族のうち、ある者は朝鮮に帰還し、ある者は死亡した。ディアスポラとして、全く孤独な隔離生活を送らざるを得なかった。

「点訳のわが朝鮮の民族史今日も舌先でほてるまで読みぬ」。金氏は点字読みを覚えた時のことを次のように書いている。「濡れてぬらぬらしてくる。いつものように、唾だろう、と思ってまだやっていると、晴眼者が見て、わあ、おい血が出たぞと言われてね。舌の先から血が出てるんだね」。舌を血だらけにして日本語の点字読みを身につけた。朝鮮語点字も学び、朝鮮史を点字で読み、体が火照っているという。在日で盲目のハンセン病者という二重、三重の差別とハンディーの中をどのように生きてきたのであろうか。

徐氏は連載の最後を下記の言葉で締めくくっている。「イラク、パレスチナ、スーダン……世界のいたるところで理不尽な破壊と暴力が続いている。朝鮮半島で戦争の不安が高まっている。日本でも戦争準備が着々と進んでいる。また新しいディアスポラ(離散者、難民)が生み出されるのか。泣きながら荒野をゆく人々の長い列が、幻視のように、私の視野に貼り付いて離れない。」