予言はどうなった?


2001年シーズン開始前、私はイケそうな新外国人を数名挙げた(こちら)。

いったいその結果がどうなったか、確認してみよう…
結果は予想に対する判定。三振打席率は三振数を打数ではなく単に打席数で割った数字。
 長打を期待される「助っ人」は、やっぱり三振が多い人が多いので)
 

★アレックス・ラミレス(ヤクルト)結果:○
138試合 打率.280(セ20位) 打点88(セ7位) HR29(セ6位) 三振打席率.241
今季日本一を成し遂げたヤクルト。9番・投手以外の8人全員が規定打席到達という
ガチガチのレギュラー打線の7番打者として活躍した。
稲葉古田の打撃好調のおかげで7番にいることで、わりと自由に打つことができたのだろう。

助っ人1年目としては申し分のない打撃成績なわけだが、ひとつ際立った数字がある。
それは三振132四球27である。
三振は清原(140)に次いでセ2位。しかし他の数字はいいので、まぁこの点は見逃してもいいところだろう。
ところが、四球27っていうのは少なすぎる。リーグ30位内にも入っていないのだ。
同郷ベネズエラ出身の同僚・ペタジーニが120四球でセ3位。
これが4番と「恐怖の」7番との差なのかもしれない。
「アイーン」を持ちギャグにして(パクリだけどね・笑み)、
チームのムードメーカーとしての貢献度は高かった。胴上げ直後の集合写真も「総アイーン」だった。
 

★イバン・クルーズ(阪神)結果:×
70試合 打率.234 打点34 HR14 三振打席率.232
予言の方に書いたとおり、オープン戦でホームランを量産したクルーズ
しかし、シーズン開幕後はペレスとともに不振を貫き、
思い出したように連発するとまた長い沈黙に入る…というイメージが強かった。
やっと日本の野球に慣れてきたか思った矢先、左肩をケガ〜手術のため帰国。それっきり戻ってこなかった。
これを書いている時点ではペレスの退団のみすでに発表されているが、クルーズも来年はいない公算が強い*
この2人の穴を埋めるべくエバンスが途中加入したが、戦力にはならなかった。
ちなみにクルーズ四球25で、倍の試合出場数のラミレスに肉薄している(笑み)
*追記:左肩リハビリ中ながら、来季の残留が確定したもよう。→しかしアリアスの獲得が濃厚になった頃、結局破談。
*2003年2月追記:なんと中日が2003年の戦力として獲得しクルーズは再来日。左肩は完治したという。中日は同時に2002年に阪神の守護神を務めたバルデスもウェーバーで拾った。
 

★ペドロ・バルデス(ダイエー)結果:○
137試合 打率.310(パ8位) 打点81(パ16位) HR21(パ16位) 三振打席率.139
パの助っ人中打率はローズ(.327)に次いで2位。
予言では「シーズン後半爆発型」と書いたが、まったくの逆だった(笑み)
序盤戦、打率は4割を超え、首位打者を突っ走っていた。
しかし、徐々に打率が降下し、二番だった打順も八番にまで落とされたこともあった。
8月に入ると再び元気を取り戻し、一時は2割台に落ちた打率も最後は.310という数字に戻した。

「一発は少ないだろう」という予想は、21本という見当違いの結果だった。
さすがにツボに入るともの凄いホームランを打つ。東京ドームでも生で見た。
小久保(44本)、松中(36本)、城島(31本)、井口(30本)と、4人の30本超えがいるダイエー打線では、
やはり「中距離打者」という立場だった。ちなみに二塁打は31本でパ8位だった。
三振打席率を見てのとおり、他の助っ人よりも三振の確率が低く、総じて安定した打撃成績だった。
ともあれ「パッと見」だけで活躍を見抜いた私の眼力はすごいということだ(爆み)
 

★アレックス・カブレラ(西武)結果:◎
139試合 打率.282(パ14位) 打点124(パ3位) HR49(パ2位) 三振打席率.248
今季、の本塁打記録に並んだローズが最終的にパのMVPを獲得した。
しかし、イチローが去って「打のキワモノ」が消えたと思ったパ・リーグで最初に大暴れしたのがこの男だった。
クルーズと同じようにオープン戦でパカパカ打ったカブレラだったが、
3月24・25日の開幕2連戦で無安打と沈黙。チームもロッテに連敗した。
しかし27日の神戸でのオリックス戦で3ランを放つとチームも初勝利。翌28日も2号を打った。
4月2日、3号。4日、4号。7日のFs戦で2発。翌8日は同じく好調のマクレーンと2人そろって7号アーチを放つ。
11日、またもやマクレーンとアベックでともに8号。13日もまたまたアベックで9号。
15日にはついにマクレーンを抜いてパ10号単独一番乗りとなった。
3・4月を29試合で17本という大量生産。西武球団はカブレラマクレーンを「ツインバズーカ」と命名した。
落合博満氏もTVの解説で「60発は打つでしょうね」と真顔で話した。

5月は10本。しかし6月はたった4本に終わる。

6月22日の31号以降、ホームランはパッタリ止まった。攻略されたことと、一発を狙いに行き過ぎたことが原因。
そのトンネルの出口を作ったのは、何を隠そう、Fsだった。
7月16日の東京ドームでひさびさの32号に続いて33号も飛び出した。さらにはマクレーンもアベックで23号。
再び沈黙に入ったのち、オールスター明けの7月27日。またもやFs相手にお目覚めの34号。
その後1試合おきに35、36号を放って7月は5本に終わる。8月も2ケタ行かず8本。
そして9月23日に49号を放ち、9月4本目。これが今シーズンラストアーチだった。
翌24日、奇しくも大阪ドームでローズ55号到達の瞬間に立ち会うことになる。

結局86年の落合以来の50本超えは、オールスター前後に抜きつ抜かれつだったローズが到達。
開幕直後ハイペースで打ちまくったカブレラは、本塁打王獲得も、50本超えも叶わなかった。

同僚マクレーンは39本。三振数もカブレラが150で両リーグ1位、マクレーンも142でパ2位。
とにかく三振の多い助っ人コンビだったが、二人とも来季の残留が確実。
この一年を踏まえて、来季どういう成績を残すのか、非常に楽しみである。
*追記:イースタン史上初の2年連続三冠王に輝いた第三の外国人・ポールは、この2人の活躍の陰で11月末に戦力外になった。
*2003年2月追記:2002年は今度はカブレラが55本塁打を記録、56号は力みすぎて出ずじまい。マクレーンは2002年を手首の故障により19試合・2本塁打で終えた。
         マクレーンの代役として、2001年に阪神に途中入団し2002年はそのファームにいたエバンスがトレード入団、78試合で15本・45打点と頑張ったが、
         マクレーンの2001年の数字を重視した西武は、巨人との日本シリーズでも一発を放ったエバンスを解雇、マクレーンを残留させた。

★ジョー・ビティエロ(オリックス)結果:△
126試合 打率.275(パ19位) 打点83(パ15位) HR22(パ15位) 三振打席率.271
バルデスカブレラに比べ、スタートはダメダメだったのがこの人。
開幕5番だったものの、翌週には6番と早くも打順降格。
期待の一発がなかなか出ず、4月30日にようやく1号アーチが出た。この日の打順は8番・DH。打率は.153だ。
ファーストの守備も軽いとは言えず、いつの間にかDHに収まっていた。

5月19日、大量リードの中2号・3号と2打席連続アーチ。打率は.232。
さらに1号アーチからちょうどひと月後の5月30日、打率は.280まで上昇した。
一発は出ないものの、ヒットを量産していたことが伺える。

その後、いつの間にかアリアスを押しのけ四番に座っていたビティエロ
最終的には上記の成績に落ち着いた。
126試合と、不振のための欠場が多かったにも関わらず、三振数はリーグ4位の125。
ちなみに西武のふたりに次ぐ三振3位はローズの140。三振トップ10のうち6人が外国人選手だった。
これだけ見てもやはり「助っ人は三振が多い」ってことが言える。

しかし、序盤戦を見る限り、途中退団のレールを突っ走っているように見えたビティエロだったが、
結局は四番に定着してそこそこの数字を残してしまった。
選手をとっかえひっかえして使う仰木監督だが、昨年のアリアスとこのビティエロに関してはガマン強く使った感がある。
オリックスの助っ人の伝統というか、シーズン後半になって目覚める選手が多い。
トーベタイゲイニーD.JC.Dアリアス… ビティエロもこの「後半爆発型」だったのだ。
*追記:結局クビ。
 

★フレッディー・ガルシア(近鉄)結果:××
29試合 打率.153 打点5 HR1 三振打席率.208
またまたオープン戦で打ちまくった選手。
私が観に行った東京ドームでの開幕戦でガルシアはさっそく軽々としたスイングで1号アーチを放った。
翌日こんどはローズが完璧な弾丸ライナーで1号。このふたり、いったい合計何発打つんだ? という恐怖心を抱いた。
史上最強の助っ人コンビ誕生かとも思われた。
…しかし、ガルシアの一発はそれが最初で最後だった。
その後不振を極め、外野の応援団もガルシアのときは応援をボイコットする始末。
二度の二軍落ちを味わい、結局三度目の一軍は叶わないまま、6月5日に自由契約となってしまった。

代わりにやってきたベテランのギルバートは背番号44を継承。
故障の武藤のいないショートに入ってなんとか穴を埋めリーグ優勝に貢献したが、残留できなかった。
 

★スコット・サンダース(Fs)結果:×
24試合 防御率4.36 3勝5敗 先発11 86.2回
先発で結果が出ずにリリーフで敗戦処理をするととってもいいのだ。
で、先発に戻すとダメ…ってパターンのくり返しだった。
イニングを投げ終えてベンチに帰るとき、帽子をとってダルそうなカッコで帰るのが印象的だった。
86.2回で被安打87。3アウト獲る間に必ず1安打されるということだ。
来季の残留が濃厚なようだ*が、いったいどういう使われ方をされるんだろうか…。
シーズン最終戦には抑え失格のミラバルが先発・好投を演じて来季へつなげたこともあるし…。
*追記:当時そう報道されたが、結局クビ。
 

…ってことで、記録と自分の印象をひっくるめてまとめてみた。
予言好きな私としては、全員が当たったわけではないのであんまり気持ちよくはないが、
まったく外したわけではないのでよしとするか。
 

ところで、ここに出たラミレスカブレラ、そしてセMVPのペタジーニ
さらには2年間で16アーチだったのに今年32アーチを放ったディアス
今季活躍したこの4人の助っ人は、いずれもベネズエラ人だ。
ディアスカブレラに助言を受けてからホームランを量産したという逸話がある。

球場で外野から流れるラミレスペタジーニの応援歌には「イントロ」のようなものがついている。
実はあれはベネズエラ国歌の一節らしい。
もともとは阪急の応援団がマルカーノに対して使っていた曲が、マルカーノの移籍と共にヤクルトへやってきたものだ。
その後、ほんの少しだけ在籍し日本シリーズにも出たジョニー・パリデスの応援歌にも使われた。

今季、このベネズエラカルテットが放ったホームランは149本! カブレラが49本だから、セの3人でちょうど100本だ。
過去、そう多くのベネズエラ人がきたわけではなく、これだけ一挙に活躍するのも面白いシーズンだった。
しかし、開幕前に母親に「今季は30本打つ」って約束したというディアス
過去8本、8本と来た自分の成績を踏まえてそんなこと言ってるんだから、この人こそかなりな予言者なのかもしれない(笑み)
*追記:ディアスは球団が来季年俸約6000万円での更改を予定していたところ「1億出せ」と言ってきたらしい。来季いないかも?→モメた挙げ句、6800万円で更改(笑み)
*2003年2月追記:96試合・17本に終わった2002年オフもディアスは契約でモメて、球団は契約拒否。2003年は韓国でプレーすることになった。



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