初夢スペシャル
第四章 ツォンナは熱くモエテイルのです


「カツラギという男、ネコ耳さまを追って旅立ったようですぞ」
『サル耳さまを得て、またさらにネコ耳さまを得んとするか! も
し二人の妹妹さまが彼の両肩に乗るような事態になれば』

 静寂。ここは聖家カツラギの部屋。当主カツラギはサル耳さまと
共に旅立ち、トーマスはネコ耳さまと共に聖水路を流れていってし
まった、その後の静かな空間の中で、会話が淡々と響いている。

「ツォンナ天地が上下反転するほどの危機ですな」
 眼鏡の男が、当主が出て行ったカツラギの聖なる部屋の扉に視線
をさまよわせながら、ぽつりと呟いた。
『看過できぬな』
 伝声線の向こうで、ナナシ司令もあるものを決心したような重い
声音で、静かに呟いた。
 そして……、
「ニコフ、ニコフ、ニコフ」
『ニコフ、ニコフ、ニコフ』
 両指で印を結びながら、三度くりかえして聖なる言葉を紡ぐ二人。
『……やはりな。同族であったか、貴公と我らの祖先は』
「そのようですな」
『……ならば、千年ぶりに』
「相見えん(あいまみえん)」
『……ではこちらも旅立つとするか。そして、その行く末は』
「萌えか、死か、いずくんぞ知らんや」
『……我らは、まぁ、言ってみれば旅の萌え仲間だ。征くぞ』
 そして伝声線の声は途絶え、眼鏡の男は静かに立ち去っていった。

(うき、うき、うききっ。お兄ぃちゃ〜ん!)
 幸せは俺の右肩にあった。パタパタと揺れる尻尾が俺の頬をくす
ぐっている。
 サル耳さま、サル耳さま、サル耳さまぁぁぁのおしりが俺の肩に
ちょこんと座っていて、その感触が旅行く俺の歩調を軽快にしてく
れていた。そして彼女は、バナナを食み食み(はみはみ)しながら
森林の景色を楽しんでいる。
 しかし、俺にはさらなる情熱があった。その情熱が俺を、千年守っ
た聖地を捨ててまでの旅へとかきたてたのだ。

「だが、諸君! これだけでは終わらんのだよ!」

 俺は森の小鳥たち、獣たちに向けて叫んでいた! いまこそ我、
聖家カツラギの叫びを聞け!

「♪俺のぉ、右肩には、サル耳さまぁ、
  明橙色の髪をしたサル耳の女の子ぉ、
  (うっき、うっき、うききっ)
  シナイの大河を満たしてくれるぅ」

 しかしだ、しかしっ!

「♪俺のぉ、左肩には、ネコ耳さまぁ、
  水色の髪をしたネコ耳の女の子ぉ、
  (にゃ、お兄ぃちゃ〜ん)
  ツォンナの世界を潤してくれるぅ」

 そうだ。俺は決して忘れてはいけないのだ。潤んだ瞳で俺をみつ
めてくれた彼女のことを。ああっ、はあっ、ネコ耳さま!
 そして俺の聖なる声(ヴォィス)はさらに激しさを増して、シナ
イ流域に広がる熱帯雨林に木霊するのだった。

「♪ああっ! 崇めるべし、ネコ耳さまぁ!
  はあっ! 祭るべし、サル耳さまぁ!
  ツォンナは、ツォンナは、ツォォォォオオオンナはっ、
  俺の心で、熱く、熱くモエテイルのです!
  (お兄ぃちゃぁん)」

 そうだ、天よ! 心あらば教えておくれよ。
 俺のネコ耳さまがどこへ流れていったのかを。
 魔人と化したトーマスが彼女のおしりを狙っているよ。
 (助けて、怖いよ、お兄ぃちゃ〜ん)
 聞こえる、聞こえるよ、ネコ耳様の叫びが。
 俺の妹、ナナハさまの叫びが!
 
 俺は天を見上げた。遙か青い空。熱き空気。そしてシナイ河岸か
ら響いてくる砲撃の響きを。
 (うきっ、お兄ぃちゃ〜ん、戦争だよ! どーん、どーんって)
 人が戦っている。なぜだ! 俺の左肩にネコ耳さまが居ないから
だよ、そうなんだよ!
 千年聖家カツラギの当主の俺様が、ネコ耳さまをちゃんと愛でて、
崇めていればツォンナに動乱など起こり得なかったのだ。
 なんたる不甲斐なさよ、我。

 俺は天を仰いだ。滂沱と涙が溢れてくる。
 泣け、泣け、俺よ。
 哭け、哭け、天よ。
 俺は天を仰いだ、両手をあげて、激しく、ああっ、はぁっ!
 (うきっ、お兄ぃちゃん?)
 右肩のサル耳さまが驚いて、俺の背中に回ってサックにしがみつ
き、俺を興味津々の眼差しでみつめている……バナナを食み食みし
ながら。

 そのとき、天がきらりと光った。
 祈りが……つうじたのか。
 俺の愛と萌えと哀しみが……伝わったのか。

 天が、泣いている。熱帯の重層的な真っ青の晴天に、きらりと、
きらりと透明な涙が溢れ、輝き、光り……
 そしてその滝のような涙が、俺とサル耳さまの元に迫ってきた、
落ちてきたっ!

  ドドドドドドドドドドゴゴゴゴゴガガガガガガッッッ!

 おぉ、天よ、世界よ、そして、ツォンナよ! 俺にこたえてくれ
たのか! 
 いや、なんだアレは? 
 眼をこらして天の涙の先をみつめる。黒い点、なんだ、アレは?
人か、人か、人が降ってくる! おぉツォンナよ、降臨されるので
すかっ!?
 
 「ツォンナ、ツォンナ、ツォンナぁぁぁああああ……」

 『馬鹿なぁぁぁぁぁああああああ!』

 ゴキーン

 俺は、天から急降下で降臨した人と命中したらしい。まさに必殺
の一撃であった。そう感じた。感じたときにはすでに意識を失って
いた。

 ……そんな、馬鹿な。

 吹き飛んだ光と霧に包まれた意識の中で、俺はまた歌い続けてい
た……

「♪俺のぉ、右肩には、サル耳さまぁ、
  気取った可愛い女の子ぉ、
  (うっき、うっき、うききっ)
  俺の愛を満たしてくれるぅ」

「♪俺のぉ、左肩には、ネコ耳さまぁ、
  可憐で静かな女の子ぉ
  (にゃ、お兄ぃちゃ〜ん)
  俺の心を潤してくれるぅ」

 ドドドドドドドドドドゴゴゴゴゴ、ザバッ!
 数瞬おくれて、大量の水が天から降り注いできた。
 俺は、一瞬だけ意識を取り戻した。
 (うきっ、うきっ、お兄いちゃん、楽しいよぉ)
 サル耳さまが、洪水のようにあたりの森林地に溢れた水の上で、
バナナにちょこんと立って波乗りをしている。
 ……そして流されていってしまう。
 これは夢だ、夢なのだ。
 ああっ、ツォンナよ。馬鹿な、馬鹿な兄を許しておくれ。