動産売買先取特権に基づく債権回収について
平成28(2016)年3月4日
平成28(2016)年3月29日改訂
平成28(2016)年3月29日改訂
- 1 先取特権とは,法律上当然に発生する担保物権です(民法303条)。
先取特権の中心的な効力は,目的物を強制的に換価して優先的な弁済を受けることができる優先弁済権ですが,担保目的物を債務者が有する動産とする先取特権は,債務者がその目的物である動産を第三取得者に引き渡した後は,その動産について行使することができません(民法333条)。
しかし後述するように,先取特権には物上代位(民法304条)が認められているため,動産が第三取得者に転売されている場合には,動産売買先取特権の効力を,その転売代金債権に及ぼして,債権回収を図ることができます。 - 2 先取特権全般について
先取特権とは,優先弁済権の目的物によって,3種類あり,
- ① 総財産を目的とする,一般先取特権(民法306条)
- ② 特定動産を目的とする,動産先取特権(民法311条)
- ③ 特定不動産を目的とする,不動産先取特権(民法325条)
この動産先取特権とは,一定の債権について,債務者の特定の「動産」の上に認められる先取特権で,民法311条は,8種類の動産先取特権を規定しています。
動産売買先取特権とは,動産先取特権のうち,ある「動産」を売却した売主の「売買代金債権」と「その利息」につき,その「動産」について認められた先取特権です。 - 3 動産売買の先取特権と物上代位
先取特権には,物上代位が認められています(民法304条,)。
物上代位とは,「その目的物の売却,賃貸,滅失又は損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても行使することができる。」というものです。
動産売買先取特権の例で説明すると,ある動産を売却した売主は,その動産の買主が,
- ① その動産を,さらに売却(転売)した際の「売買(転売)代金債権」
- ② その動産を賃貸して得た「賃料債権」
- ③ その動産が滅失又は損傷した場合の「損害賠償請求債権」,又は「保険金請求権」等
- 4 一般先取特権と,特別先取特権の,破産法上の取扱いの違い
「動産先取特権」と,「不動産先取特権」は,破産法65条2項により,特別の先取特権として,抵当権などと同じように別除権とされ,破産手続きによらないで行使することができます。
別除権(破産法2条9項,65条)とは,破産手続開始時において,破産財団に属する財産について,特別の先取特権,質権又は抵当権を有する者が,これらの権利の目的である財産について,破産手続によらないで行使することができる権利のことです。
別除権という名称は,その権利者が,他の債権から特別に除外されて,特定財産から優先的な満足を受けることができる権利であることに由来します。
これに対して,「一般先取特権」は,優先弁済権のある担保物権ですが,債務者の特定の財産から優先弁済を受ける権利ではなく,債務者の総財産から優先弁済を受けることが出来る権利であるに過ぎないため,破産法上の別除権とはされず,優先的破産債権とされ,破産手続によってのみ権利を行使できます(破産法98条)。
そのため,動産売買先取特権があれば,動産の買主が破産した非常時の場合でも,破産手続によらずに,他の一般債権者に優先して,売買代金債権の回収を図ることが可能です。 - 5 動産売買先取特権が認められた趣旨
動産売買の先取特権は,動産の売主が,目的物を買主に引き渡したにもかかわらず,売買代金の支払を受けていない場合に,その動産の売買代金について動産の売主に優先弁済権を認めて,売主を保護することで,取引の安全を図るものと言われています。
現代の取引社会,特に企業間の取引においては,現金決済による現実売買はむしろ例外であり,納品を先に行い,毎月の特定の日に取引を締めて,後から代金を請求する,売り掛け方式が一般的です。
売り掛け方式の場合,売主は,買主の支払能力(信用)を調査してから取引に入りますが,新たな買い主の信用調査に多大な時間と労力がかかるのであれば,誰でも新しい買い主との取引は躊躇して,取引が活発になりません。
そこで民法は,動産の売主に先取特権を認めることで,仮にその買主が破産したような場合であっても,売主に優先的に債権を回収できる先取特権を認めることで,掛け売りで動産を売りやすくして,経済の活性化を図ったものと考えられています。
「動産売買の先取特権」については,昭和50年代から,転売代金債権への物上代位を厚く保護する裁判例が続出して出されたため,注目を集めるようになりました。 - 6 動産売買の先取特権に基づいて,転売代金債権から回収を行う具体的な方法
ある動産の売主をA(債権者),その動産の買主をB(債務者),Bからその動産を買い受けた転得者をC(第三債務者)として,
- ① AがBに対し,ある動産を売却し,
- ② BがCに対し,その動産を転売した
この場合に,BがAに対して売買代金を支払わないときは,Aは,BがCに対して有する転売代金債権に対して,動産売買の先取特権を行使して,転売代金債権から優先弁済を受けることができます。
ただし,A(債権者)が,動産売買の先取特権に基づいて,転売代金債権から債権回収をするためには,C(第三債務者)からB(債務者)に対して転売代金債権等が支払われる前に,裁判所に債権差押えを申し立て,債権差押命令を得る必要があります(民法304条1条但書。民事執行法193条)。
A(債権者)が,C(第三債務者)から,単純に転売代金債権の支払を受けただけでは,差押えではありません。
そして,動産売買の先取特権に基づく物上代位をする前に,動産の買主B(債務者)へ転売代金債権などが支払われてしまった場合は,動産の売主A(債権者)は,動産売買の先取特権に基づく物上代位をすることはできません。
動産売買の先取特権を行使するためには,できる限り速やかに,債務者の第三債務者に対する債権の差押を行う必要があります。
そのためには,債務者が,どの第三債務者に対して,債権を有しているかの把握と,迅速な債権差押の申立が重要になります。
なお,動産売買先取特権の行使について,債権者の債権差押えが要求されている趣旨は,
- ○ 差押えによって,物上代位の目的となる債権(転売代金債権)を特定して,物上代位権の効力を保全する
- ○ 第三債務者を,二重弁済を強いられる危険から保護する
- ○ 目的債権を譲り受けた第三者等が,不測の損害を被ることを防止するためであると考えられています(最判昭和60年7月19日民集39巻5号13頁,最判平成10年1月30日民集52巻10号1頁参照)。
- 7 動産売買の先取特権に基づき,買主の転得者に対する売買代金差押の具体的な手続
動産売買の先取特権に基づいて,転売代金債権を差押さえるためには,申立書を作成し,「担保権の存在を証明する文書」と一緒に,管轄裁判所に提出する必要があります(民事執行法193条)。
申立書の書式については「民事執行の実務 第3版 債権執行編 東京地方裁判所民事執行センター実務研究会編著 一般財団法人金融財政事情研究会刊」が参考になります。
動産売買の先取特権を主張する申立債権者は,申立書に,
- ① 債権者が債務者との間で,ある動産を目的とする売買契約を締結したこと(先取特権の存在,被担保債権(請求債権)の存在)
- ② 債務者が第三債務者に対し,債権者と債務者との間の売買の目的動産と同一の目的動産を転売したこと(物上代位の発生)
について具体的に記載し,その事実を立証する必要があります。 - ③ この他,上記6の点に関して,消極的要件として,対象転売代金債権について,債権差押までに弁済されていないことが当然に要求されます。差押え申し立て後,決定までの間に,第三債務者の弁済をどう阻止するかが,実務上重要な点です。
- これらの事実の主張立証のための文書としては,
- ○ 上記①の「売買契約の成立の証明」として,売買基本契約書,個別の売買契約書,債務者作成の発注書,受取書等と,これに対応する債権者作成の受注書,納品書,請求書(控え)
- ○ 上記②の「転売の事実(目的物の同一性)の証明」として,売買契約書,発注書,受注書,請求書(控え) などを,裁判所に提出することが考えられます。
- ア 債権者が債務者に目的動産を売却したが,債務者を経由せずに,債権者から第三債務者へ,直接送付する直送型
- イ 債権者が債務者に目的動産を納入して,その動産を債務者が第三債務者に納入する基本型
- の二つに大別されます。
なお,動産の流れは,当事者間の契約関係,取引形態によって様々ですが
- 動産取引の流れが,第三者から見て分かりにくいのであれば,取引関係説明図を作成し,誰と誰のどの取引により,どういう流れで動産が動き,その代金は,いつ,誰から誰に支払われるのかを説明したり,その取引を証明する証拠は何かについて,書証対照表を作る,といった工夫も必要です。
- ○ 書証については,原本提示が原則です。
遠方の裁判所に対して,郵送で申し立てる場合には,証拠原本も郵送する必要がありますが,その書証原本は,審理が終了すれば返却されます。 - 8 申立時の注意点
- ① 動産売買先取特権に基づく債権差押申立の場合,動産の種類や個数が非常に膨大な数になってしまう場合や,第三債務者が多数になってしまう場合があります(1個あたりの単価が低い動産取引の場合は,こうなってしまうことが多いと思います。)。
このような場合には,第三債務者ごと,期間ごと,取引類型ごと,に分割して申立を行うことで,裁判所が迅速な審査を行うことができるようにするとよいと思います。 - ② また,裁判所の迅速な審理のために,申立書を適切に記載するとともに,書証を整理し,取引関係説明図や書証対照表などを用いて,当事者間の取引と動産の流れをわかりやすく整理することが必要となります。
- ③ なお,動産売買先取特権に基づく債権差押申立の際に,被担保債権について発生した利息や,執行費用の請求も可能ですが,発生した利息や執行費用を,各動産ごとに割り付けていく作業が必要となります。
- 動産売買の先取特権に基づく物上代位(債権差押)を申し立てる際には,事前に,管轄裁判所と打ち合わせを行った方がよいと思います。
- ① 動産売買先取特権に基づく債権差押申立の場合,動産の種類や個数が非常に膨大な数になってしまう場合や,第三債務者が多数になってしまう場合があります(1個あたりの単価が低い動産取引の場合は,こうなってしまうことが多いと思います。)。
- 9 参考文献
- 「民事執行の実務 第3版上」
東京地方裁判所民事執行センター実務研究会編著
一般社団法人金融財政事情研究会 - 「書式で実践!債権の保全・回収」
堂島法律事務所 大川治,野村祥子,奥津周,富山聡子 著
商事法務 - 「現代民法 担保法」
加賀山茂 著
信山社 - 「実務から見た担保法の諸問題」
田原睦夫著
弘文堂 - 「民法Ⅲ」
内田貴 著
東京大学出版会
以上