告訴・告発について
2020(令和2)年11月1日改訂
2020(令和2)年11月8日改訂
第1 告訴と告発
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1 告訴とは
- (1)親告罪とは
- (2)親告罪が設けられている理由
- ① 被害者の名誉・信用・秘密などの保護
信書開封罪(刑法133条),秘密漏示罪(刑法134条),名誉毀損罪(刑法230条),侮辱罪(刑法231条)
これらの犯罪については,公訴が提起され,事実が明らかになると,かえって被害者の利益を害するおそれがあるため,親告罪とされている。
- ② 犯罪の軽微性
過失傷害罪(刑法209条1項)
器物損壊罪(刑法261条)
これらの犯罪については,侵害された法益が,比較的軽微で,公益に関わるものでないから,被害者の意思を無視してまで起訴する必要がないと考えられるため,親告罪とされている。
- ③ 家庭関係の尊重
親族間の犯罪(窃盗罪(刑法235条),不動産侵奪罪(刑法235条の2)等,詐欺罪(刑法246条),電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2),背任罪(刑法247条),準詐欺罪(刑法248条),恐喝罪(刑法249条),横領罪(刑法252条),業務上横領罪(刑法253条),遺失物等横領罪(刑法254条))に関する特例(刑法244条2項,251条,255条)。
犯人と被害者との間に,一定の親族関係がある場合は,法律によりいたずらに家庭の平和を壊すことがないようにする配慮から,親告罪とされている。 - (3)親告罪についての告訴期間制限
非親告罪は,告訴期間は定められていないが,親告罪は,「犯人を知った日」から6箇月である(刑事訴訟法235条1項本文)。
この「犯人を知った日」とは,告訴権者が,犯人の住所・氏名等の詳細を知る必要はないが,犯人の特定性を明確に認識し,少なくとも犯人と他の者を区別して指摘しうる程度の認識を要すると解されている。
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(4)親告罪の告訴期間制限の例外
- ① 犯罪等による精神的ショックや犯人との特別な関係等から,短時間では告訴をするかどうかの意思表示が困難な場合があることを考慮。
→未成年者略取及び誘拐罪(刑法224条),この幇助目的の被略取者引渡等の罪(刑法227条1項)及びこれらの未遂罪。 - ② 一定の犯罪について,外国の代表者又は外国の使節が行う告訴。外国関係を考慮した特例である。
(③削除)
犯罪の被害者その他の一定の者(被害者の親権者や相続人など)が,捜査機関に対して,犯罪事実を申告して犯人の処罰を求める意思表示をいう。
2 告発とは
告訴をなす権限ある者,又は犯人以外の,第三者が,捜査機関に対して,犯罪事実を申告して,犯人の処罰を求める意思表示をいう。
なお,犯人が自ら,その犯罪発覚前に自分の犯罪事実を捜査機関に申告した場合は,自首である。
3 告訴と告発の違い
主体の違いである。
告訴は,被害者,あるいはその法定代理人,被害者が死亡したときはその配偶者,直系の親族等の被害者に準じる立場にある者が行うものである。
告訴をなしうる者は刑事訴訟法の条文により限定されており,「告訴権者」と呼ばれる。
これに対して告発は,告訴権者及び犯人以外の,第三者であれば,「何人でも,犯罪があると思料するとき」は,これをすることができる(刑事訴訟法239条1項)。
なお,公務員について,告発義務が定められている(刑事訴訟法239条第2項「官吏又は公吏は,その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは,告発をしなければならない」)。
また,親告罪については,告訴がなければ,告発があったとしても,検察官は,その犯罪を起訴できないという違いがある。
4 告訴・告発と被害届の違い
告訴・告発は,犯人の処罰を求める意思表示である。
これに対して,被害届とは,単なる犯罪事実の申告であり,処罰を求める意思表示がなされていないものである。
このことから,告訴状・告発状には,処罰を求める意思が記載されていなければならない。
また,単なる被害届と違い,告訴・告発を受理した司法警察員は,これに関する書類及び証拠物を速やかに検察官に送付しなければならない義務が生じる(刑事訴訟法242条)。そのため,事件を警察官の手元に留めおいたり,いわゆる微罪処分として検察官へ送致しないままで事件を終了させることはできない。
また検察官は,告訴・告発のあった事件について,捜査の結果公訴を提起したか,あるいは提起しなかったかの結論を告訴人・告発人に通知する義務を負う(刑事訴訟法260条)。
そして検察官は,公訴を提起しなかった場合で,告訴人・告発人から不起訴理由告知の請求があるときは,その理由を告知しなければならない(刑事訴訟法261条)。
また告訴人,告発人には,被害者と並んで,検察官の不起訴処分に不服がある場合に検察審査会の審査を求める権利を与えられており(検察審査会法2条2項),この点でも単なる犯罪事実の申告者とは異なる扱いを受ける。
5 告訴の主体についての補足(未成年者について)
(1)一般論
被害者が未成年者の場合は,告訴の意味を理解し,その結果に伴う利害得失の判断ができる程度の能力がある者は,告訴ができる。
しかし,この判断能力についての判断は,個々の事案(被害者,犯罪事実)によるので,年齢によって画一的・一般的な告訴能力を定めることはできない。
(2)実務対応
被害者が未成年者である場合には,後から未成年者の告訴の効力を争われることがないように,法定代理人(一般的には親権者)も告訴しておくことが無難。
(3)被害者が未成年の場合,告訴権者が複数になりうる
被害者が未成年者の場合,告訴の時点においてその親権者である父母若しくは養親(民法818条1項2項)又は未成年後見人(民法839条~841条)は,被害者本人の意思とは関係なく,独立して告訴ができる。
民法818条3項は,婚姻中の父母の親権は,父母が共同して行うものと定めているが,被害者である未成年者の親権者が父母の二人であるときは,その各自が,法定代理人として告訴できると解されている。
(4)親権者の告訴権
法定代理人の告訴権は,判例によれば,本人と独立して行われる固有の権限と解されている。
また法定代理人は,独立の告訴権を有するので,被害者本人の意思に反しても告訴できると解されている。
そのため,被害者本人が告訴期間の徒過,告訴の取消によって告訴権を失った後でも,法定代理人について告訴期間の徒過がなければ,法定代理人は有効に告訴できる。
*告訴権者が複数いる場合,告訴期間は,各告訴権者毎に計算される。ある告訴権者の告訴期間の経過は,他の告訴権者に効力を及ぼさない(刑事訴訟法236条)。
6 親告罪
親告罪とは,告訴がなければ,検察官が公訴を提起できないと定められている,一定の犯罪のことである。
7 告訴の客体
告訴とは,特定の犯罪事実の申告であり,特定の人物に対するものではない。
そのため,犯人を特定できない告訴としても,犯罪事実さえ特定できれば,告訴は(理論的には)可能である。
第2 告訴・告発を行ったことによる責任について~告訴・告発は慎重に~
1 刑事責任
他人を罪に陥れる目的をもって,又はそうなることを予見しながら,客観的真実であるとの確信がない事実を,捜査機関に申告した場合には,虚偽告訴(告発)罪が成立する。
2 民事責任
告訴・告発をされた人物は,捜査の対象となり,名誉などを害される。
また,取調べを受けることによる精神的苦痛,取調を受けることで仕事ができなくなった経済的損失等も発生する。
結果的に誤った告訴・告発を行った場合には,これらの損害を賠償する責任が発生する可能性がある。
裁判例は,過失に基づいて,犯人でない者を犯人と誤信した場合であっても,民事上の責任が発生すると判断している。
そのため,告訴・告発は,客観的な証拠に基づき,慎重に行うべきである。
3 訴訟費用の負担
刑事訴訟法183条により,告訴・告発があった事件が起訴され,被告人が無罪又は免訴の判決を受けた場合,あるいは被疑者が不起訴になった場合には,告訴人や告発人に故意又は重大な過失があるときは,その者に訴訟費用の負担をさせることができる,とされている。
第3 告訴状の記載例と,記載時の注意点
1 告訴・告発をする場合には,書面で行った方が良い
刑事訴訟法241条1項は,告訴・告発は書面又は口頭で行わなければならないと規定する。
そのため,法律上は,口頭でも告訴・告発を行うことができるが,通常は告訴状・告発状を提出する。
2 告訴・告発要件の確認
告訴あるいは告発をしようとする者が,告訴権者であるか(刑事訴訟法230条)
親告罪である場合には,告訴期間を徒過していないか。
告訴・告発の対象とされた事件について公訴時効が完成していないか
3 告訴状に記載すべき事項
誰に対し(提出先の表示)
誰が(告訴人・告発人の表示)
誰を(被告訴人・被告発人の表示)
どのような犯罪につき(告訴事実の表示)
告訴・告発するのか(処罰を求める意思の表示)
4 提出先
(1)原則
犯罪地又は被告訴人・被告発人が現在する場所を管轄する警察署の司法警察員や,検察庁の検察官に行う。
(2)どの警察署・検察庁に提出するか
犯罪地を管轄する警察署・検察庁に提出するか,被告訴人・被告発人が現在する場所を管轄する警察署・検察庁に提出するかは,告訴人・告発人に都合の良い方を選択。
告訴・告発後も,告訴人・告発人は,捜査への協力を求められ,たびたび告訴・告発を受理した警察署又は検察庁に出頭する必要があるのが通常であることも考慮して,提出先を検討する。
(3)警察署と検察庁,どちらに提出すべきか
通常の事件であれば,捜査能力から考えて,警察署に提出して問題ないと思われる。
しかし,政財界・官界絡みの贈収賄事件,専門的知識や法的知識が必要な金融商品取引法違反事件,脱税事件,会社法上の特別背任事件,警察官らの違法行為を問題とする事件や,関係者の中に警察官がいるような事件は,検察庁に提出した方が良いと考えられる。
第4 告訴・告発の取消
- 1 告訴の取消
非親告罪については,いつでも取り消すことができる。
親告罪については,公訴の提起があるまで取り消すことができる。(刑事訴訟法237条1項)
告訴の取消をした者は,更に告訴をすることができない。(刑事訴訟法237条2項)
条文では,告訴の「取消」という表現を用いているが,その法的性質は告訴の「撤回」です。
- 2 告発の取消
一般の告発については,いつでも取り消すことができる(告発が訴訟条件となっている場合については,見解の対立があるが,取り消しできるというのが多数説)。
- 3 複数の犯人がいる場合,一人についてのみ告訴や告発の取消はできない。他の共犯者にも,取消の効果が生じる。
- 4 取消権者
当該告訴・告発をした本人のみが,取り消すことができる。