祈りの研究

祈りの基本

なぜ祈るのか

いつ祈るのか

どのように祈るのか

どのように祈りは答えられるか


イエス・キリストの祈りの模範

山上の垂訓

マタイ6:5-13(ジョセフ・スミス訳)
また、祈るときには、偽善者たちのようにしてはならない。
彼らは人に見せようとして、会堂や大通りのつじに立って祈ることを好む。
まことに、あなたがたに言う。
彼らはその報いを受けてしまっている。
あなたは祈るとき、自分の部屋に入り、戸を閉じて、
隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。
すると、ひそかに見ておられるあなたの父は、公に報いてくださるであろう。
また、祈るとき、異教徒のように無益に繰り返すことはやめなさい。
彼らは、言葉数が多ければ聞き入れられると思っている。
だから、彼らのまねをしてはならない。
あなたがたの父は、求めない先から、あなたがたに必要なものを御存じだからである。
だから、あなたがたはこう祈りなさい。
『天におられるわたしたちの父よ、御名があがめられますように。
御心が天で行われるように、地でも行われますように。
わたしたちが自分に負債のある者を赦していますように、
わたしたちの負債をお赦しください。
わたしたちを誘惑に陥らせることのないようにし、悪からお救いください。
王国と力と栄光はとこしえにあなたのものです。アーメン。

とりなしの祈り

ヨハネ17:1-26
父よ、時がきました。
あなたの子があなたの栄光をあらわすように、子の栄光をあらわして下さい。
あなたは、子に賜わったすべての者に、永遠の命を授けさせるため、
万民を支配する権威を子にお与えになったのですから。
永遠の命とは、唯一の、まことの神でいますあなたと、
また、あなたがつかわされたイエス・キリストとを知ることであります。
わたしは、わたしにさせるためにお授けになったわざをなし遂げて、
地上であなたの栄光をあらわしました。
父よ、世が造られる前に、わたしがみそばで持っていた栄光で、
今み前にわたしを輝かせて下さい。
わたしは、あなたが世から選んでわたしに賜わった人々に、み名をあらわしました。
彼らはあなたのものでありましたが、わたしに下さいました。
そして、彼らはあなたの言葉を守りました。
いま彼らは、わたしに賜わったものはすべて、
あなたから出たものであることを知りました。
なぜなら、わたしはあなたからいただいた言葉を彼らに与え、
そして彼らはそれを受け、わたしがあなたから出たものであることをほんとうに知り、
また、あなたがわたしをつかわされたことを信じるに至ったからです。
わたしは彼らのためにお願いします。
わたしがお願いするのは、この世のためにではなく、
あなたがわたしに賜わった者たちのためです。
彼らはあなたのものなのです。
わたしのものは皆あなたのもの、あなたのものはわたしのものです。
そして、わたしは彼らによって栄光を受けました。
わたしはもうこの世にはいなくなりますが、彼らはこの世に残っており、
わたしはみもとに参ります。
聖なる父よ、わたしに賜わった御名によって彼らを守って下さい。
それはわたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためであります。
わたしが彼らと一緒にいた間は、あなたからいただいた御名によって彼らを守り、
また保護してまいりました。
彼らのうち、だれも滅びず、ただ滅びの子だけが滅びました。
それは聖書が成就するためでした。
今わたしはみもとに参ります。
そして世にいる間にこれらのことを語るのは、
わたしの喜びが彼らのうちに満ちあふれるためであります。
わたしは彼らに御言を与えましたが、世は彼らを憎みました。
わたしが世のものでないように、彼らも世のものではないからです。
わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、
彼らを悪しき者から守って下さることであります。
わたしが世のものでないように、彼らも世のものではありません。
真理によって彼らを聖別して下さい。
あなたの御言は真理であります。
あなたがわたしを世につかわされたように、わたしも彼らを世につかわしました。
また彼らが真理によって聖別されるように、彼らのためわたし自身を聖別いたします。
わたしは彼らのためばかりではなく、
彼らの言葉を聞いてわたしを信じている人々のためにも、お願いいたします。
父よ、それは、あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、
みんなの者が一つとなるためであります。
すなわち、彼らをもわたしたちのうちにおらせるためであり、
それによって、あなたがわたしをおつかわしになったことを、
世が信じるようになるためであります。
わたしは、あなたからいただいた栄光を彼らにも与えました。
それは、わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためであります。
わたしが彼らにおり、あなたがわたしにいますのは、彼らが完全に一つとなるためであり、
また、あなたがわたしをつかわし、わたしを愛されたように、
彼らをお愛しになったことを、世が知るためであります。
父よ、あなたがわたしに賜わった人々が、わたしのいる所に一緒にいるようにして下さい。
天地が造られる前からわたしを愛して下さって、
わたしに賜わった栄光を、彼らに見させて下さい。
正しい父よ、この世はあなたを知っていません。
しかし、わたしはあなたを知り、
また彼らも、あなたがわたしをおつかわしになったことを知っています。
そしてわたしは彼らに御名を知らせました。
またこれからも知らせましょう。
それは、あなたがわたしを愛して下さったその愛が彼らのうちにあり、
またわたしも彼らのうちにおるためであります。

ゲツセマネ

マタイ26:36-46,マルコ14:32-42(ジョセフ・スミス訳),
ルカ22:40-46(ジョセフ・スミス訳),ヨハネ18:1
アバ、父よ、あなたには、できないことはありません。
みこころならば、どうか、この杯をわたしから取りのけてください。
しかし、わたしの思いではなく、みこころのままになさってください。
わが父よ、この杯を飲むほかに道がないのでしたら、
どうか、みこころが行われますように。

十字架上

ルカ23:34(ジョセフ・スミス訳)
父よ彼らをお赦しください。彼らは何をしているか分からずにいるのです。

マタイ27:50(ジョセフ・スミス訳),マルコ15:37,ルカ23:46,ヨハネ19:30
父よ、終わりました。あなたの御心が行なわれました。
父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます。

ネルソン大管長の話

啓示を受けるには

繰り返し行くことのできる静かな場所を見つけてください。
神の御前にへりくだってください。
天の御父に心を注ぎ出してください。
御父に頼って答えと慰めを求めてください。
心配事や恐れ、弱さについて、イエス・キリストの御名によって祈ってください。
そうです、心の切なる思いについて祈ってください。
その後で耳を傾けてください。
心に浮かんだ考えを書き留めてください。
感じたことを記録し、それに従って、促しを受けたとおりに行動してください。
来る日も来る日も、年月を重ねて、このプロセスを繰り返すときに、
啓示の原則が身に付いてくるでしょう。

ネルソン大管長の祈り

天のお父様、あなた様の地球に住む者として、謙遜な思いで祈ります。
命と、それを支える全てに感謝します。
美しい地球と宇宙、永遠に価値ある万物に、感謝します。
私達を守り導く律法に感謝します。
その慈悲と愛ある見守りに感謝します。
人生を喜びで満たしてくれる家族や愛する人々に感謝します。
パンデミックと闘うあらゆる人々に感謝します。
彼らを祝福し、守りと導きを与えてください。
多くを悩ませてきたウイルスの終息に向けて、助けがえられますように。
国々の指導者や、励ましを与えてくれる人々に感謝します。
政治的争いが和らぎますように。
相違点があっても一致できるよう、癒しの力をお与えください。
利己心に不親切、高慢、あらゆる偏見を悔い改め、兄弟姉妹として、
謝する子供たちとして、一層、仕え合い、助け合えますように。
お父様を愛しています。
これらの祝福を祈り求め、イエス・キリストの御名により祈ります。
アーメン。

ネルソン大管長が述べた感謝

なぜ感謝すると心の癒しが得られるのか


指導者の祈りに関する話

ダリン・H・オークス長老

50年以上前、私はシカゴ南ステークの会長会顧問でした。
聖餐会の話者として、イリノイ州オーロラ近くのユニットで、話すよう招かれました。
家から車で1時間程の場所でした。
話者として割り当てを受けると、普段であれば、内容に関して印象が浮かぶのですが、
その割り当てを受けた時には、何の印象も受けず、そのまま家を出て車を走らせながら、
何を語ろうか思案し、ようやく印象を受けたのは、中間地点でしたが、
それに従って、刑事裁判所での経験を話すことにしました。
窃盗関連で裁判にかけられた若者たちについてです。
万引きを含め、こうした犯罪の重大さについて、警察による援助を受けつつ、
店主がどのように応じて、若き違反者らの逮捕に至ったか、
有罪判決を受けた若者たちに何が起こったのか。
話を終えると、一人の母親がやって来て、涙ながらに感謝してくれました。
万引きに係わった若い息子がいると話し、こう語ったのです。
「弁護士として働くあなたが、今晩、話すことを知り、
息子の助けとなる事柄を語ってくれるよう祈っていました。
あなたのお話は祈りの答えでした。
あのように話を聞く息子を見たのは、これが初めてです。
主の御霊に耳を傾け、従ってくださりありがとうございます。」と。
印象を受けたら、従ってください。
どれほど変わった促しでも、どれほど達成不可能に思えたとしても、従ってください。
分からずとも、必ず理由があり、主に耳を傾けるなら、
皆さんや誰かに祝福が注がれるのです。

ジェフリー・R・ホランド長老

聖なる森での経験から学べることは多くありますが、
重要な教訓の一つは御父と御子に関する偉大な啓示に先立って、
ジョセフが反対に遭ったことです。
あらんかぎりの力を尽くしたとジョセフは語っています。
そこには倣うべき模範があります。
力強く確固とした切なる祈り、サタンによる圧力であれ、日々の悩みであれ、
心を乱す物事であれ、闘い抜こうと捧げる祈りから学べることがあります。
私のとっては言葉を口にする必要性を思い起こさせてくれるものです。
祈りとは胸の内を伝えることです。
声なき祈りは可能かつ必要なものであり、心の中でも常に祈るべきですが、
言葉にすること、私にとっては口に出すことが大切です。
手軽に済ませるものではないと気づかされます。
優先度を高め、良質な時間を確保する必要があります。
可能ならばひざまづき、はっきりと声を上げて、真に主と交わるのです。
寝る直前まで夜の祈りを取っておく人は、やるべきことをこなして、
力を使い果たした末に生半可の祈りを捧げ、ベッドに転がり込むのです。
そうではなく、目が冴えて集中力のある時、
塾考して、力を込められる時まで祈りを繰り上げましよう。
こうして優先度の高さを示し、少しでも上手に生活をやり繰りするなら、
このようにはっきりと、主と言葉を交わす機会を持てるでしょう。

クエンティン・L・クック長老

聖霊は祝福や慰め、平安だけでなく、答えや理解をも喜んで与えようとされます。
ビショップだったころの経験です。
あるカップルから電話をもらいました。
切羽詰まった声で、今すぐ会いたいと繰り返します。
私は出張のため空港へ向かうところでした。
時間がないと知りつつも「では来てください」と伝え、ひざまずいて祈りました。
すると聖霊を通して啓示を受けたのです。
「彼らの問題はこうで、このように助言すべきである」と。
彼らが来たので話を聞くと、問題も必要だった助言も啓示の通りでした。
お伝えしたいのは、人に奉仕したり祝福を与える時こそ、
聖霊がよく証される時だということです。
ミニスタリングする時や、伝道する時、子供や青少年を教える時など、
特別で霊的な祝福が必要な時があります。
聖霊の訪れがあるのは、まさにそうした時です。
経験から申し上げます。
そのような時こそ、確かに主の声が聞こえ、必要な導きが与えられます。

D・トッド・クリストファーソン長老

昔、10代のときに、聖なる森に行く機会がありました。
一人で森に入り、周りには誰もいませんでした。
ジョセフ・スミスにように、祈って答えを受けるのに、完璧な場所だと思いました。
私は確認を求めていました。
主が与えてくださることなら何でも、福音の回復について、
主が語られる真理を何でも受け入れたい、そう思いました。
私はいたって真剣でした。
長い間、誠心誠意祈りましたが、何も起こりませんでした。
返事も答えもなく、何も聞こえませんでした。
諦めて帰りました。
当然がっかりしていました。
何を間違えたのか、他に何をすべきだったのか。
たくさん考えました。
6週間後、家でモルモン書を読んでいました。
静かな時が流れ、私は深く考えていました。
すると、求めもしないうちに、確認の御霊である聖霊が押し寄せ、
私の霊に語られたのです。
そして、真理を悟りました。
この経験から学んだのは、神が祈りにお答えになる時や方法について、
私たちから神に指示はできないということです。
「すべて受け入れます。準備万端で喜んで聞きます。」と言うだけです。
神は答えられ、私たちは御声を聞きますが、
全ては神がその知恵と愛の中で、最良の決定を下されるままになされるのです。

ニール・L・アンダーセン長老

家族や友人から変わる必要があるのではと言われると、
それが正しくても、私の中の生まれながらの人がパッと出てきて、
「こっちの視点から見ていないんだ」とか、
「そうやって人を裁く立場にはないだろう」
「自分の心配をした方がいいのでは」とさえ言いだします。
しかし、へりくだってひざまずき、心の底から、
「天のお父様、何を変えればいいのでしょうか。
どこを悔い改める必要がありますか。
私に欠けているものは何でしょうか」と尋ねると、
静かな気持ちが訪れ、時が来れば主の声を聞くことができます。
主の永遠の真理が心に浸透するのです。
静かな時にささげる、正直で心からの祈りは、天父からの啓示の窓を開きます。
私たちは主の声を聞きます。
主は私たちに語りかけてくださいます。
御霊の静かな印象に耳を傾けようとし、改善できる事に対し、
もっと注意深くなると天父に約束すると、
主の声を聞く能力が高められるように思います。
真の変化が一日で起きることは少なくとも私にはありません。
でも時とともに成長することができます。
主の声を聞き、主からの霊的な指示に従うと、
主は豊かに御霊を注がれ、承認を与えてくださいます。
主に承認していただき御霊を感じるほど、すばらしいことはありません。
私たちへの天父の愛を聖霊は確認され、
私の場合、主はこうした小さな一歩でさえ
私を主に近づけてくれていると伝えてくださいます。

デール・G・レンランド長老

聖霊を含め、誰かのささやきを聞くには、近くにいた方がより聞こえます。
その方が聞こえやすいのです。
主に近づくとき、さらに主に似た者となりたいという望みが増すことに気づきました。
主のようになろうと努めるとき、主も私と語らいやすくなると思います。
御霊がするように促す事柄を行う献身や意欲といった個人的な行いが必要です。
私はいつも教会に集うのが大好きな若者でした。
医学部を卒業後、インターンシップが始まり、忙しい毎日でした。
当時を思い返すと、かつて私に平安をもたらし、
御霊を近づけていた事柄から離れていました。
ある日曜日のことを忘れません。
インターンシップも終盤を迎えていました。
急げばルースとアシュリーと一緒に教会に行けたのですが、
私は遅れて行くことにしました。
二人が先に行けば一人で歩いて帰宅し、昼寝ができると思ったのです。
実際にそうしました。
家に着き、横になり、昼寝を楽しみにしましたが、寝付けませんでした。
いつも教会が好きだった自分の一部となっていた証や熱意はもうないことに
気付いたからです。
あの熱意はどこにもありません。
ソファから飛び起きるとひざまずき、赦しを求め、
行いを改めると誓ったのを覚えています。
私がやるべきことは、日々の祈りや聖文学習といった、個人的な献身の行いでした。
翌日、私は病院へモルモン書を持参しました。
何があろうと、毎日聖文を読むことができるようにです。
やることリストには一日に最低2度祈ることを含めました。
可能な時は必ず教会へ行くようにしました。
その数週間以内に、かつての熱意と温かい証がよみがえったのです。
あの道を歩み続けていたら、どうなっていたかを考えると、ぞっとします。
もし眠り込んで、教会に行かない喜びを見いだしていたら、
人生は異なるものになっていたでしょう。

ゲレット・W・ゴング長老

主が私たちに与えられた大きな特権の一つは主の息子と娘に手を差し伸べることです。
私たちが周りの人々に手を差し伸べ仕えるとき、
主はいっそうの愛を注がれ、私たちにも愛を注がれます。
私たちは主の声を聞きます。
人々を助けるために祈るとき、普段とは異なった形で主を感じます。
主はそのような祈りに最も答えたいと思っておられるからです。
私たちが一人一人に対して、個別に手を差し伸べるとき、
私たちも主の愛を個別に感じることができます。
主が私たち一人一人を愛しておられるのは、まぎれもない真実です。

ウリセス・ソアレス長老

伝道部会長をしていた時のことです。
ゾーン大会で宣教師にする話の準備を終え、
とても良い話だ、少なくとも、私はそう思いました。
しかし、当日、目を覚ますと、準備したものを見直すべきだと、強く感じたのです。
話を見直していると、これは違う、別なことを伝えるべきだと感じました。
その瞬間、温かく力強い主の声が聞こえました。
私が準備したものは、主が望んでおられるものとは違い、
主御自身の方法で業を行えるよう助けてくださると、私はひざまずき祈りました。
すると主に教義と聖約33章を読むように指示されました。
預言者ジョセフ・スミスを通して、主が二人の若者を伝道の業に召し、
その方法を具体的に教えておられる啓示です。
それこそ、伝道部の宣教師たちに必要なことでした。
新しく準備した話をし、聖文に則って教えると、
まるで、救い主御自身が話してくださったように感じました。
宣教師たちもよく耳を傾け、進んで指示に従う用意ができたようでした。
一瞬、沈黙がありました。
皆、深く考えていたのです。
御霊と御声を通して、私と宣教師たちの心に、主が伝えてくださったことを。

祈りの実例

ジョセフ・スミスのリバティーの牢獄での祈り

預言者ジョセフ・スミスがリバティーの牢獄の中で、
何か月もの間ひどい状況に置かれていたときに、
自分と迫害されている聖徒たちのために主に嘆願したとき
次のような慰めの言葉が与えられた。
「息子よ、あなたの心に平安があるように。
あなたの逆境とあなたの苦難は、つかの間にすぎない。
その後、あなたがそれをよく堪え忍ぶならば、神はあなたを高い所に上げるであろう。
あなたはすべての敵に打ち勝つであろう。」
(教義と聖約121:7-8)

ある技師の体験談

宣教師の訪問を受けた彼の奥さんは、二人を家に招き入れた。
奥さんは宣教師のメッセージに積極的だったが、
彼の方は自分の意に反して勝手にレッスンが進んでいるように感じた。
ある晩、奥さんはバプテスマを受けたいと、彼に打ち明けた。
彼の心には怒りが込み上げた。
彼は上着をつかみ、ドアを荒々しく閉めて夜の戸外へ出て行った。
歩きながら、宣教師にレッスンを許した自分を、ののしった。
やがて歩きつかれ、怒りも収まってきた。
すると何かしら祈りたい気持ちに駆られた。
彼は歩きながら祈った。
疑問に答えてくれるよう、神に懇願した。
そのとき、はっきりと心に訴えるものがあった。
「福音は真実である。」そう告げる声が聞こえた。
安らかな思いに満たされた。
家に着くまでには、あれほど怒りを覚えたことが進歩の機会に思えてきた。
玄関のドアを開けると、ひざまずいて祈る奥さんの姿があった。

探し物

大切な宝物をなくした子供が助けを求めて祈り、そのありかを知らされた。

系図探求

系図探求で問題にぶつかったとき、
祈りを通して、その解決に必要な事柄を知らされた。

教会の責任

教会のある責任に、だれを召したらよいか答えを祈り求めた指導者に、
みたまが具体的に名をあげて答えた。

悪麗の撃退

誘惑にあったとき、イエス・キリストの名前によって、悪麗に退くように命じる。

祈りのリスト

感謝すること

願うこと

伝道のため


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