罪に関する疑問と回答

罪に関して、よく出る疑問と、私なりの回答

疑問1)
罪を犯すと神様の元に戻れないのはなぜか。

回答1)
子供が外で泥だらけななった場合、そのままでは、
お母さんに家にいれてもらえないのに似ている。
泥だらけの服を着替え、体を洗って家に入らなければならない。
罪は私たちの霊を汚すからである。

疑問2)
罪を犯しても、悔い改めると、清めてもらえるならば、
また、罪を犯しても、また、悔い改めればいいのでは?

回答2)
ナイフで体を傷つけても、やがて傷がふさがって治る。
しかし、治るからと言って、何度も体を傷つける人はいない。
罪は霊を傷付けるが、癒されるのに時間がかかるので、
簡単に罪を繰り返すのは良くない。

疑問3)
他人に迷惑が掛からないなら、何をしても個人の自由ではないか。
例)アルコール、タバコ、ポルノなど

回答3)
これらは刑法的な罪ではないが、神様から見ると罪になる。
私たちの霊が汚れ傷つくからである。
また霊の成長を阻害する。
これを神様が望まないので、罪になる。

疑問4)
私は善良なほうで、警察に捕まるような罪を犯したことはない。
罪の意識もないし、罪に苦しんでもいない。
だから、キリストの贖いによって、罪の苦しみから解放してもらう必要はない。
教会が独自に戒めを定め、それに従えない人に
罪の意識を植え付けようとしていることに納得できない。

回答4)
キリストの贖いは、人を罪の苦しみから解放するためだけのものではない。
全ての人が復活できるのも、キリストの贖いに含まれる。
また、人が弱さや欠点、世の試練を克服できるのも贖いの力である。
キリストは罪による苦しみだけでなく、
病気や事故、災害などから受ける苦しみも贖いのときに経験された。
だから、全ての人の全ての苦しみを理解でき、その解決方法も提示できる。
神様から下される戒めは、人を罪に定め、振るいに掛けるものではない。
むしろ、人が成長できるようにするための指針であり、
不必要な不幸に陥らないようにするための防衛策でもある。

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