モルモン書エピソード集

【目次】


セメント

タルシシの船

交差並行法(カイアズマス)

訂正

紅海に注ぐ川

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「そしてわたしたちは、荒れ野の中を旅したとき、この約束の地には森の中にあらゆる獣、すなわち雌牛と雄牛、またろばと馬、やぎと野やぎ、そのほか人の役に立つあらゆる獣がいるのを知った。 またわたしたちは、金や銀や銅など、あらゆるあらがねも見つけた。」
(1ニーファイ18:25)

もしジョセフ・スミスが、古代の記録を翻訳したのではなく、自分の力でモルモン書を書いたとすれば、モルモン書の時代のアメリカ大陸に馬がいたという記述を入れるのは、まったくばかげていたはずである。
1830年当時、ほとんどの歴史家や学者は、コロンブスの上陸以前のアメリカ大陸に馬は存在しなかったと主張していたからでである。
しかし、モルモン書が出版された後、考古学上の発見により、コロンブス以前のアメリカ大陸に馬がいたことが明らかになった。
南カリフォルニアのアンチョ・ラブレアのアスファルト層から、モルモン書の時代以前のものと推定される馬の化石が多数見つかったのである。
この発見は、モルモン書が記された時代(紀元前600年から紀元421年)に馬がいたという完全な証拠にはならないが、これによってコロンブスの上陸以前に馬が存在していたことは証明された。
(インスティトゥート生徒用資料「モルモン経」より引用)

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セメント

「北方の地にいた人々は天幕やセメント造りの家に住んでいた。
そして彼らは、その地の面に生える木はどんなものでも育てるようにして、将来材木を得て自分たちの家を建てられるように、まことに自分たちの町を築き、自分たちの神殿や会堂、聖堂、そのほかあらゆる建物を建てられるようにした。」
(ヒラマン3:9)

「わたしがまだ独身のころである。わたしはモルモン書を信じていることである青年からばかにされた。
彼は、モルモン書が偽りの本である証拠が二つあると言う。
その一つは、人々がセメントで家を建て、セメントの使い方に秀でていたということである。
彼は、この国の古代の住民が建てたセメントの家などどこにも発見されていないし、これからも発見されることはない、彼らはセメントのことなどまったく知らなかったのだから、と言うのである。
モルモン書が偽りの文書であることは、これで十分であると言った。
わたしはこう答えた。
『そんなことでわたしの信仰は揺るぎはしない。
わたしは祈りの気持ちを持ってこのモルモン書を読み、これが真実であるという証が得られるよう熱心に神に求めた。
そして、心の底からそれが真実であると感じることができるのだから。』
さらにわたしはこう付け加えた。
『たとえわたしの子供がセメントの家を発見することができなくでも、わたしはそれを孫に期待するよ。
』 すると彼はこう言った。
『そうかね。そんなことはばかげているよ。』
ところが、セメントで造られた家や大きな建物がこれまでに数多く発見されてきた。
メキシコシティーからそれほど遠くない所に、セメントでできた高さ210フィート(約64メートル)ほどの建物の遺跡がある。
その遺跡はあたかも大きな丘のようであった。
それはこのソルトレークタバナクルが40もはいるほどの大きさで、10エーカー(4ヘクタール)以上もあり、高さはこのソルトレークタバナクルの2倍半はある。
その遺跡の頂上に立つと、小さい塚のようなものが幾つか見える。
土で覆われていない部分からは、セメントの家の一部が顔をのぞかせていた。
そこにはセメントでできた配水管がついており、セメントの高度の技術がよくうかがえる。
セメントの使用に関しては、今日の技術にまったく劣らない。」
(ヒーバー・J・グラント「大会」1929年4月)
(インスティトゥート生徒用資料「モルモン経」より引用)

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タルシシの船

「また、海のすべての船、タルシシのすべての船、すべての好ましい景色に臨む。」
(2ニーファイ12:16)

モルモン書のこの部分はニーファイがイザヤ書から引用したものである。
モルモン書には聖書の欽定訳にはない表現が加えられている。古代の七十人訳聖書(ギリシャ語版)は、モルモン書に加えられている表現と一致している。

モルモン書 and upon all the ships of the sea(海のすべての船)
欽定訳   ―――
七十人訳  and upon every ship of the sea  (海のすべての船)

モルモン書 and upon all the ships of Tarshish(タルシシのすべての船)
欽定訳   and upon all the ships of Tarshish(タルシシのすべての船)
七十人訳  ―――

モルモン書 and upon all pleasant pictures    (すべての好ましい景色)
欽定訳   and upon all pleasant pictures    (すべての好ましい景色)
七十人訳  and upon every view of ships of beauty(すべての美しい船の眺め)

モルモン書からわかることは、この節の原典には3つの文節が含まれており、しかもその3文節とも"and upon all"で始まっていることである。
平凡な偶然によって、欽定訳では最初の1文節が欠落した。
しかし、七十人訳では、欠落していなかった。
ところが七十人訳では2番目の文節が欠落し、3番目の文節は原形を損なってしまったようである。
モルモン書では3つの文節とも欠落がない。
学者の中には、ジョセフ・スミスは七十人訳から最初の文節を引き写したのであると考えている人もいる。
しかし、ジョセフ・スミスはギリシャ語がわからなかった。
しかも、モルモン書を翻訳していた1829年から1830年にかけて、七十人訳を入手していた証拠もない。
(インスティトゥート生徒用資料「モルモン経」より引用)

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交差並行法(カイアズマス)

「そしてユダヤ人はニーファイ人の言葉を得て、ニーファイ人はユダヤ人の言葉を得る。
また、ニーファイ人とユダヤ人は、イスラエルの行方の知れない部族の言葉を得て、イスラエルの行方の知れない部族は、ニーファイ人とユダヤ人の言葉を得る。」
(2ニーファイ29:13)

交差並行法とは、旧約聖書やモルモン書の中で使用されている文学的な技法。
文の言葉の並びがA−>B−>C... ...C−>B−>Aと進んでいく形式。
これはカイアズマスと呼ばれている。
chiasmus の最初の chi は X という文字に対応する。
この表現形式において並行する行がちょうどXの形に交差して配列されている。

例)
2ニーファイ29:13
A) the Jews            ユダヤ人は
B) shall have the words      言葉を得る
C) of the Nephites,        ニーファイ人の
C) and the Nephites        ニーファイ人は
B) shall have the words of    言葉を得る
A) the Jews;           ユダヤ人の

A) and the Nephites and the Jews ニーファイ人とユダヤ人は
B) shall have the words      言葉を得る
C) of the lost tribes of Israel; イスラエルの行方の知れない部族の
C) and the lost tribes of Israel イスラエルの行方の知れない部族は
B) shall have the words of    言葉を得る
A) the Nephites and the Jews.   ニーファイ人とユダヤ人の

創世記7:21−23
A) There died on the earth     地の上のものは死んだ
B) all birds,           全ての鳥
C) cattle,             家畜
D) beasts and creeping things   獣と這うもの
E) man ;              人
F) all life            全ての生き物
G) died              死んだ
G) and was destroyed.       そして滅ぼされた
F) Every living thing       全ての生き物
E) both man,            人の
D) creeping things,        這うもの
C) cattle,             家畜
B) birds,             鳥
A) were destroyed from the earth. みな地の上から拭い去られた

『モルモン書』では多くの箇所で交差並行法が用いられている。
聖書の記述形式に交差並行法が用いられているのが発見されたのは20世紀に入ってからだった。(注参照)
この交差並行法は19世紀に翻訳されたモルモン書にも多く用いられている。
このことは、モルモン書がジョセフ・スミスの創作ではなく、聖書と同じ時代の人物が書いたということを証明している。

注)1942年、ニールス・ルンド(Nils W. Lund)によって、「新約聖書の交差並行法」(Chiasmus in the New Testament)が出版された。

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訂正

「さて、アンモンは彼らの指導者であったので、いや、彼らに必要なものを与え、各々の職に応じて彼らに祝福を授け、彼らに神の言葉を告げた後、すなわち自分の出発に先立って彼らに祝福を授けた後、彼らのもとを去った。
このようにして、彼らはそれぞれ別れて全地に旅立った。」
(アルマ17:18)

現代では、文章を書き間違ったとき、書いてた紙をくしゃくしゃにして捨ててしまうか、修正液を使う。
それが金版の上に書いているときだったら、どうか。
金版はもったいなくて捨てられないし、修正液も使えない。
アルマ書17章18節はその例。
モルモンは金版に文字を刻んでいたときに、書き間違えてしまった。
アンモンは彼らの指導者ではなかったのだ。
でももう書いてしまったので、その後に「いや」と入れた。
ジョセフ・スミスはそれを忠実に翻訳したわけだ。

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紅海に注ぐ川

「さて、父は荒れ野を3日の間旅してから、ある谷で、水の流れている川のほとりに天幕を張った。
さて、父はその川をレーマンと名付けた。
その川は紅海に注ぎ、その谷は河口に近い境の地にあった。」
(ニーファイ第1書2章6節、8節)

地図で紅海に注ぎ込む川を見ると、地図によっては、実線でなく点線で書かれていることがある。
これは涸れ川(かれかわ)と言って、水の流れていない川である。
この川は雨季の激しく雨が降った一時期だけ水が流れる。
わたしたちにとっては、川と言えば水が流れているのがあたりまえなので、わざわざ、「水の流れている」とは書かない。
水の流れている川が珍しいからこそ、ニーファイは「水の流れている」と書いたのである。

一般的に、常に水が流れている川は、紅海付近に存在しないと言われていた。
しかし、1999年に紅海に常に水が流れている川が発見された。
参照 
EVIDENCE for the Book of Mormon: The Valley of Lemuel

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