教会の概略
教会の名称
- 教会の正式名称は「末日聖徒イエス・キリスト教会(The Church of Jesus Christ of Latter-day Saints) 」である。
「latter-day」は「終わりの日」という意味ではなく「現代」という意味。
古代のキリストの時代の教会と区別するため。
「saint」は「聖人」という意味ではなく、「教会員」と言う意味。
- モルモン教会(Mormon Church)というのは単なるあだ名で、
教会員同士は自分たちのことを末日聖徒(LDS)と言っている。
モルモン書
- 古代アメリカ大陸のある部族(ニーファイ人、レーマン人)の記録である。
- 紀元前600年、イスラエルの地にいた預言者リーハイの家族が神に導かれアメリカ大陸に渡った。
その子孫たちの紀元前600年から紀元421年までの記録である。
- ニーファイ人の代々の預言者たちが神から受けた啓示を書き記していった。
- キリストは復活後、ニーファイ人を訪れ、教え導かれた。そのことも記されている。
- ニーファイ人滅亡期の預言者モルモンはニーファイ人の記録を金版にまとめて、息子のモロナイに託した。
- ニーファイ人最後の預言者モロナイは金版に幾つか書き加えて埋めた。
- モルモン書は聖書に並ぶキリストを証する書物である。
教会の設立まで
- 教会の創始者、ジョセフ・スミスは1805年12月23日、アメリカ合衆国、ヴァーモント州で生まれた。
- ジョセフ・スミスの家族は彼が10歳のときニューヨーク州に移った。
- そのころ、その地方では、キリスト教の教派間で論争が起こっていた。
- ジョセフは14歳のとき、どの教派に加わるべきか思い悩んでいた。
- ある日、ジョセフは新約聖書のヤコブの手紙1章5節の
「知恵に不足している者は神に願い求めるがよい。そうすれば与えられるだろう。」
というのを読み、神に願うことを決心した。
- 1820年の早春(14歳)の朝、彼は人目を避けて森に入り、神に祈った。
すると輝く一筋の光の柱が降りてきた。
そして、二人のお方が、彼の真上の空中にお立ちになった。
天父とキリストのお二方であった。
天父はキリストを指して「これは私の愛する子である。彼に聞きなさい。」
とおっしゃった。
- ジョセフはキリストに、どの教派が正しいのか、どれに加わったらよいのか尋ねた。
しかし、その答えは、どれも誤っているので、どれにも加わってはいけないということだった。
- 彼はメソジスト派の教師に自分の経験を話したところ、今の時代にそんなことはない。
それは悪魔の仕業であると軽蔑された。
そして、かれはその地域の人々からひどい迫害を受けた。
- 1823年9月21日(17歳)の夜、彼は寝室に入り、
神に自分の立場と状態がどのようなものであるか示してくださるよう祈りもとめた。
すると、室内に一筋の光が現れ、一人の方が空中に立った。
神から遣わされたモロナイというお方だった。
神がジョセフにあることを成し遂げさせようとしていると、使者は告げた。
アメリカ大陸の先住民の記録が金版に刻まれて埋められていて、
その中には、古代の民にキリストが伝えたままの完全な福音が載っていると、使者は語った。
- ジョセフは翌日、その金版の場所を訪れた。
しかし、金版を取り出すことは、使者にとめられた。
4年経たないとそのときは来ない。
それまでの間、1年ごとにこの場所で、使者に会うことになった。
- ジョセフは1年ごとにモロナイと会って、神がなそうとしている事について、教えを受けた。
- 1827年9月22日(21歳)モロナイはジョセフに金版、「ウリムとトミム」(翻訳器)、胸当ての三品を渡した。
ジョセフは金版の翻訳を開始し、1830年にモルモン書として出版された。
- 1829年5月15日(23歳)ジョセフは知り合いのオリヴァ・カウドリの助けをかりて金版を翻訳していたときに、
バプテスマ(洗礼)について神に尋ねようということになった。
二人で森に入り、祈っていると天の使いが下ってきた。彼はキリストにバプテスマを施したヨハネであった。
彼は二人にアロン神権を授けた。
二人は川に入り、お互いにバプテスマを授けあった。
- その同じ年、その二人は、キリストの使徒であるペテロ、ヤコブ、ヨハネからメルケゼデク神権を受けた。
- 1830年4月6日(24歳)ジョセフ・スミスのほか計6人によって、
ニューヨーク州で、末日聖徒イエス・キリスト教会が設立された。
*これらの詳細については「ジョセフ・スミス−歴史」を参照。
*預言者、初代大管長、ジョセフ・スミスの肖像画
教会設立後
- 1831年、教会はニューヨーク州からオハイオ州カートランドに移った。
- 1835年、ジョセフ・スミスが受けた啓示を集めた「教義と聖約」が出版される。
- 最初の神殿であるカートランド神殿が建てられ、1836年3月27日奉献された。(後に廃止)
- 1836年4月3日、カートランド神殿にて、ジョセフ・スミスとオリヴァ
- カウドリにキリストが御姿を現された。
そして、モーセ、エライアス、エリヤにより神権の鍵が回復された。
モーセはイスラエルの集合の鍵を、エライアスはアブラハムの福音の鍵を、エリアは結び固めの鍵を回復した。
- 1838年、オハイオ州で迫害が激しくなり、教会はミズーリ州に移っ た。
- 1839年、ミズーリ州で迫害が激しくなり、教会員はイリノイ州に逃れ、町を建設しノーヴーと名づけた。
- この時期、後に「高価な真珠」にまとめられることになる幾つかの文書が出版された。
- この時期、ノーヴー神殿が建てられた。(後に焼失)ここで、エンダウメントと結び固めの儀式が始められた。
- イリノイ州でも迫害が激しくなり、1844年6月27日(38歳)ジョセフとその兄ハイラムは暴徒に襲われ射殺された。
- 後を継いだブリガム・ヤングは教会員とともに1846年2月イリノイ州を離れ、大移動を行なった。
1847年7月、ロッキー山脈のふもと(現在のユタ州)に到着した。
*預言者、第2代大管長、ブリガム・ヤングの写真
教会の移転の道のり
教会の現状
- 教会の本部はユタ州ソルトレーク市にある。
- 教会の長は18代目大管長ダリン・H・オークスである。
- 2024年12月31日現在の世界
- 教会員数 17,509,781
- ステーク数 3,608
- 地方部数 494
- 伝道部数 450
- 支部ワード数 31,676
- 神殿数 202 (神殿一覧)
- 2024年12月31日現在の日本
- 教会員数 129,622
- ステーク数 22
- 地方部数 10
- 伝道部数 7
- 支部ワード数 230
- 神殿数 4
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