5−5 第6日(金曜日)

大祭司の祈り(とりなしの祈り)


ヨハネ17:1-26

これらのことを語り終えると、イエスは天を見あげて言われた、「父よ、時がきました。あなたの子があなたの栄光をあらわすように、子の栄光をあらわして下さい。
あなたは、子に賜わったすべての者に、永遠の命を授けさせるため、万民を支配する権威を子にお与えになったのですから。
永遠の命とは、唯一の、まことの神でいますあなたと、また、あなたがつかわされたイエス・キリストとを知ることであります。
わたしは、わたしにさせるためにお授けになったわざをなし遂げて、地上であなたの栄光をあらわしました。
父よ、世が造られる前に、わたしがみそばで持っていた栄光で、今み前にわたしを輝かせて下さい。
わたしは、あなたが世から選んでわたしに賜わった人々に、み名をあらわしました。彼らはあなたのものでありましたが、わたしに下さいました。そして、彼らはあなたの言葉を守りました。
いま彼らは、わたしに賜わったものはすべて、あなたから出たものであることを知りました。
なぜなら、わたしはあなたからいただいた言葉を彼らに与え、そして彼らはそれを受け、わたしがあなたから出たものであることをほんとうに知り、また、あなたがわたしをつかわされたことを信じるに至ったからです。
わたしは彼らのためにお願いします。わたしがお願いするのは、この世のためにではなく、あなたがわたしに賜わった者たちのためです。彼らはあなたのものなのです。
わたしのものは皆あなたのもの、あなたのものはわたしのものです。そして、わたしは彼らによって栄光を受けました。
わたしはもうこの世にはいなくなりますが、彼らはこの世に残っており、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに賜わった御名によって彼らを守って下さい。それはわたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためであります。
わたしが彼らと一緒にいた間は、あなたからいただいた御名によって彼らを守り、また保護してまいりました。彼らのうち、だれも滅びず、ただ滅びの子だけが滅びました。それは聖書が成就するためでした。
今わたしはみもとに参ります。そして世にいる間にこれらのことを語るのは、わたしの喜びが彼らのうちに満ちあふれるためであります。
わたしは彼らに御言を与えましたが、世は彼らを憎みました。わたしが世のものでないように、彼らも世のものではないからです。
わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、彼らを悪しき者から守って下さることであります。
わたしが世のものでないように、彼らも世のものではありません。
真理によって彼らを聖別して下さい。あなたの御言は真理であります。
あなたがわたしを世につかわされたように、わたしも彼らを世につかわしました。
また彼らが真理によって聖別されるように、彼らのためわたし自身を聖別いたします。
わたしは彼らのためばかりではなく、彼らの言葉を聞いてわたしを信じている人々のためにも、お願いいたします。
父よ、それは、あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、みんなの者が一つとなるためであります。すなわち、彼らをもわたしたちのうちにおらせるためであり、それによって、あなたがわたしをおつかわしになったことを、世が信じるようになるためであります。
わたしは、あなたからいただいた栄光を彼らにも与えました。それは、わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためであります。
わたしが彼らにおり、あなたがわたしにいますのは、彼らが完全に一つとなるためであり、また、あなたがわたしをつかわし、わたしを愛されたように、彼らをお愛しになったことを、世が知るためであります。
父よ、あなたがわたしに賜わった人々が、わたしのいる所に一緒にいるようにして下さい。天地が造られる前からわたしを愛して下さって、わたしに賜わった栄光を、彼らに見させて下さい。
正しい父よ、この世はあなたを知っていません。しかし、わたしはあなたを知り、また彼らも、あなたがわたしをおつかわしになったことを知っています。
そしてわたしは彼らに御名を知らせました。またこれからも知らせましょう。それは、あなたがわたしを愛して下さったその愛が彼らのうちにあり、またわたしも彼らのうちにおるためであります 」。

【解説】
「わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためであります」について
イエスは御自分と御父が一つであることを強調しておられるが、
これはイエスと御父が同じ一人の御方だという意味ではない。
救い主は御自分と御父が一つであるのと同じように、
弟子たちが一つになれるようにと祈られたが、
同一人物になるよう弟子たちに求めておられたわけではない。
救い主が願っておられたのは、御自身と御父の間にあるのと同じ一致だった。
御二方は目的と心と思いにおいて一致しておられる。

ゲツセマネでの苦しみ


マタイ26:36-46,マルコ14:32-42(ジョセフ・スミス訳),ルカ22:40-46(ジョセフ・スミス訳),ヨハネ18:1,教義と聖約19:15-19


イエスはこれらのことを語り終えて、弟子たちと一緒にケデロンの谷の向こうへ行かれた。
園になっているゲツセマネと名付けられた場所に来た。すると、弟子たちはひどく驚き、打ち沈み、「この方はメシヤなのだろうか」と心の中でつぶやき始めた。
イエスは彼らの心を見抜いて言われた。「わたしが向こうへ行って祈っている間、ここに座っていなさい。」

そして、イエスはペテロとヤコブとヨハネを一緒に連れて行き、彼らをたしなめて言われた。
わたしは悲しみのあまり死ぬほどである。ここに待っていて、わたしと一緒に目を覚ましていなさい。」
そしてご自分は、石を投げてとどくほど離れたところへ退き、

地にひれ伏し、もしできることなら、この時を過ぎ去らせてくださるようにと祈りつづけ、そして言われた、
「アバ、父よ、あなたには、できないことはありません。みこころならば、どうか、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思いではなく、みこころのままになさってください 」。
そのとき、御使が天からあらわれてイエスを力づけた。

イエスは苦しみもだえて、ますます切に祈られた。そして、血のしたたりの汗が地に落ちた。

それから、きてごらんになると、弟子たちが眠っていたので、ペテロに言われた、「シモンよ、眠っているのか、ひと時も目をさましていることができなかったのか。
誘惑に陥らないように、目をさまして祈っていなさい。霊は確かに用意ができているが、肉体が弱いのである 」。
また離れて行って同じ言葉で祈られた。「わが父よ、この杯を飲むほかに道がないのでしたら、どうか、みこころが行われますように」。

またきてごらんになると、彼らはまだ眠っていた。その目が重くなっていたのである。そして、彼らはどうお答えしてよいか、わからなかった。
それで彼らをそのままにして、また行って、三度目に同じ言葉で祈られた。

三度目に弟子たちの所にきて言われた、「まだ眠っているのか、休んでいるのか。もうそれでよかろう。時がきた。見よ、人の子は罪人らの手に渡されるのだ。
立て、さあ行こう。見よ。わたしを裏切る者が近づいてきた 」。

【このときのイエスの受けた苦しみについて】
これらの苦しみがいかにつらいか、あなたは知らない。いかに激しいか、あなたは知らない。まことに、いかに堪え難いか、あなたは知らない。
見よ、神であるわたしは、すべての人に代わってこれらの苦しみを負い、人々が悔い改めるならば苦しみを受けることのないようにした。
しかし、もしも悔い改めなければ、彼らはわたしが苦しんだように必ず苦しむであろう。
その苦しみは、神であって、しかもすべての中で最も大いなる者であるわたし自身が、苦痛のためにおののき、あらゆる毛穴から血を流し、体と霊の両方に苦しみを受けたほどのものであった。そしてわたしは、その苦い杯を飲まずに身を引くことができればそうしたいと思った。
しかしながら、父に栄光があるように。わたしは杯を飲み、人の子らのためにわたしの備えを終えたのである。


【動画】イエス,ゲツセマネの園で苦しまれる



【動画】ゲッセマネの園で苦しまれる救い主


ユダの裏切り
捕らえにきた人々が地に倒れた[奇跡]


マタイ26:47-50,マルコ14:43-45,ルカ22:47-48,ヨハネ18:2-9

イエスを裏切ったユダは、その所をよく知っていた。イエスと弟子たちとがたびたびそこで集まったことがあるからである。

さてユダは、一隊の兵卒と祭司長やパリサイ人たちの送った下役どもを引き連れ、たいまつやあかりや武器を持って、そこへやってきた。

イエスを裏切った者が、あらかじめ彼らに、「わたしの接吻する者が、その人だ。その人をつかまえろ」と合図をしておいた。

彼はすぐイエスに近寄り、「先生、いかがですか」と言って、イエスに接吻した。
しかし、イエスは彼に言われた、「友よ、なんのためにきたのか。ユダ、あなたは接吻をもって人の子を裏切るのか 」。
イエスは、自分の身に起ろうとすることをことごとく承知しておられ、進み出て彼らに言われた、「だれを捜しているのか 」。
彼らは「ナザレのイエスを」と答えた。イエスは彼らに言われた、「わたしが、それである 」。イエスを裏切ったユダも、彼らと一緒に立っていた。
イエスが彼らに「わたしが、それである」と言われたとき、彼らはうしろに引きさがって地に倒れた。
そこでまた彼らに、「だれを捜しているのか 」とお尋ねになると、彼らは「ナザレのイエスを」と言った。
イエスは答えられた、「わたしがそれであると、言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人たちを去らせてもらいたい 」。
それは、「あなたが与えて下さった人たちの中のひとりも、わたしは失わなかった」とイエスの言われた言葉が、成就するためである。
このとき、人々は進み寄って、イエスに手をかけてつかまえた。


【動画】イエスの試練



【動画】イエスはカヤパの審問を受ける。ペテロはイエスを知らないと言う


逮捕
祭司長の僕の耳の癒し[奇跡]


マタイ26:51-56,マルコ14:46-52(ジョセフ・スミス訳),ルカ22:49-53,ヨハネ18:10-12

イエスのそばにいた人たちは、事のなりゆきを見て、「主よ、つるぎで切りつけてやりましょうか」と言った。
すると、シモン・ペテロは剣を持っていたが、手を伸ばして剣を抜き、そして祭司長の僕に切りかかって、その右の耳を切り落した。その僕の名はマルコスであった。
そこで、イエスは彼に言われた、「それだけでやめなさい。あなたの剣をもとの所におさめなさい。剣をとる者はみな、剣で滅びる。
それとも、わたしが父に願って、天の使たちを十二軍団以上も、今つかわしていただくことができないと、あなたは思うのか。
しかし、それでは、こうならねばならないと書いてある聖書の言葉は、どうして成就されようか。父がわたしに下さった杯は、飲むべきではないか 」。
そして、その僕の耳に手を触れて、おいやしになった。
それから、自分にむかって来る祭司長、宮守がしら、長老たちに対して言われた、「あなたがたは強盗にむかうように、剣や棒をもってわたしを捕らえにきたのか。わたしは毎日、宮ですわって教えていたのに、わたしをつかまえはしなかった。だが、今はあなたがたの時、また、やみの支配の時である。
すべてこうなったのは、預言者の書いたことが、成就するためである」。そのとき、弟子たちは皆イエスを見捨てて逃げ去った。

それから一隊の兵卒やその千卒長やユダヤ人の下役どもが、イエスを捕え、縛りあげた。
ときに、ある弟子が裸の身に亜麻布をまとって、イエスのあとについて行ったが、人々が彼をつかまえようとしたので、
その亜麻布を捨てて、裸で逃げて行った。

アンナスによる尋問


ヨハネ18:13-14,19-24

まずアンナスのところに引き連れて行った。彼はその年の大祭司カヤパのしゅうとであった。
カヤパは前に、ひとりの人が民のために死ぬのはよいことだと、ユダヤ人に助言した者であった。
大祭司はイエスに、弟子たちのことやイエスの教のことを尋ねた。
イエスは答えられた、「わたしはこの世に対して公然と語ってきた。すべてのユダヤ人が集まる会堂や宮で、いつも教えていた。何事も隠れて語ったことはない。
なぜ、わたしに尋ねるのか。わたしが彼らに語ったことは、それを聞いた人々に尋ねるがよい。わたしの言ったことは、彼らが知っているのだから 」。
イエスがこう言われると、そこに立っていた下役のひとりが、「大祭司にむかって、そのような答をするのか」と言って、平手でイエスを打った。
イエスは答えられた、「もしわたしが何か悪いことを言ったのなら、その悪い理由を言いなさい。しかし、正しいことを言ったのなら、なぜわたしを打つのか 」。
それからアンナスは、イエスを縛ったまま大祭司カヤパのところへ送った。

カヤパの前での取調べ


マタイ26:57-68(ジョセフ・スミス訳),マルコ14:53-65,ルカ22:54,63-65,ヨハネ18:15-16

さて、イエスをつかまえた人たちは、大祭司カヤパのところにイエスを連れて行った。そこには祭司長、律法学者、長老たちが集まっていた。
シモン・ペテロともうひとりの弟子とが、イエスについて行った。この弟子は大祭司の知り合いであったので、イエスと一緒に大祭司の中庭にはいった。
しかし、ペテロは外で戸口に立っていた。すると大祭司の知り合いであるその弟子が、外に出て行って門番の女に話し、ペテロを内に入れてやった。
ペテロは、大祭司の中庭まで行き、そのなりゆきを見とどけるために、中にはいって下役どもと一緒にすわり、火にあたっていた。
さて、祭司長たちと全議会とは、イエスを死刑にするため、イエスに不利な偽証を求めようとしていた。
そこで多くの偽証者が出てきたが、その証言が合わなかったから、証拠があがらなかった。しかし、最後にふたりの者が出てきて、言った、
「わたしたちはこの人が『わたしは手で造ったこの神殿を打ちこわし、三日の後に手で造られない別の神殿を建てるのだ』と言うのを聞きました」。
しかし、このような証言も互に合わなかった。
そこで大祭司が立ちあがって、まん中に進み、イエスに聞きただして言った、「何も答えないのか。これらの人々があなたに対して不利な証言を申し立てているが、どうなのか」。
しかし、イエスは黙っていて、何もお答えにならなかった。大祭司は再び聞きただして言った、「あなたは、ほむべき者の子、キリストであるか。生ける神に誓ってわれわれに答えよ」。
イエスは彼に言われた、「あなたの言うとおりである。しかし、わたしは言っておく。あなたがたは、間もなく、人の子が力ある者の右に座し、天の雲に乗って来るのを見るであろう」。
すると、大祭司はその衣を引き裂いて言った、「彼は神を汚した。どうしてこれ以上、証人の必要があろう。あなたがたは今このけがし言を聞いた。
あなたがたの意見はどうか」。すると、彼らは答えて言った、「彼は有罪で、死に当るものだ」。
それから、彼らはイエスの顔につばきをかけて、目隠しをし、こぶしで打ち、またある人は手のひらでたたいて言った、
「キリストよ、言いあててみよ、打ったのはだれか」。
また下役どもはイエスを引きとって、手のひらでたたいた。
そのほか、いろいろな事を言って、イエスを愚弄した。

ペテロ、イエスの知己であることを否定する


マタイ26:69-75(ジョセフ・スミス訳),マルコ14:66-72,ルカ22:55-62,ヨハネ18:17-18,25-27

ペテロは外で中庭にすわっていた。ペテロが火にあたっているのを見ると、ひとりの門番の女が彼のところにきて、彼を見つめて、「あなたもあのガリラヤ人イエスと一緒だった」と言った。
するとペテロは、みんなの前でそれを打ち消して言った、「わたしは知らない。あなたが何を言っているのか、わからない」。
そう言って入口の方に出て行くと、ほかの女中が彼を見て、そこにいる人々にむかって、「この人はナザレ人イエスと一緒だった。あなたも、あの人の弟子のひとりではないか」と言った。
そこで彼は再びそれを打ち消して、「そんな人は知らない」と誓って言った。
約一時間たってから、そこに立っていた人々が近寄ってきて、ペテロに言った、「確かにあなたも彼らの仲間だ。この人もガリラヤ人なのだから。言葉づかいであなたのことがわかる」。
大祭司の僕のひとりで、ペテロに耳を切りおとされた人の親族の者が言った、「あなたが園であの人と一緒にいるのを、わたしは見たではないか」。
彼は、ののしり、誓い始め、「わたしはあなたがたの話しているその人を知らない」と言った。すると彼がまだ言い終らぬうちに、にわとりが二度目に鳴いた。
主は振りむいてペテロを見つめられた。そのときペテロは「きょう、鶏が二度鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう」と言われたイエスの言葉を思い出し、外に出て激しく泣いた。

議会での有罪の判決


マタイ27:1-2,マルコ15:1,ルカ22:66-71,23:1

夜が明けたとき、人民の長老、祭司長たち、律法学者たちが集まり、イエスを議会に引き出して言った、
「あなたがキリストなら、そう言ってもらいたい」。イエスは言われた、「わたしが言っても、あなたがたは信じないだろう。
また、わたしがたずねても、答えないだろう。
しかし、人の子は今からのち、全能の神の右に座するであろう 」。
彼らは言った、「では、あなたは神の子なのか」。イエスは言われた、「あなたがたの言うとおりである 」。
すると彼らは言った、「これ以上、なんの証拠がいるか。われわれは直接彼の口から聞いたのだから」。
群衆はみな立ちあがって、イエスをピラトのところへ連れて行った。

イスカリオテのユダの死


マタイ27:3-10(ジョセフ・スミス訳)

そのとき、イエスを裏切ったユダは、イエスが罪に定められたのを見て後悔し、銀貨30枚を祭司長、長老たちに返して
言った。「わたしは罪のない人の血を売るようなことをして、罪を犯しました。」
しかし、彼らは言った。「それは、我々の知ったことか。自分で始末するがよい。おまえの罪はおまえにある。」
そこで、彼は銀貨を神殿に投げ込んで出て行き、木に首をつった。すると、たちまち落ちて、はらわたが流れ出し、そして死んだ。
祭司長たちは、その銀貨を拾いあげて言った、「これは血の代価だから、宮の金庫に入れるのはよくのない」。
そこで彼らは協議の上、外国人の墓地にするために、その金で陶器師の畑を買った。
そのために、この畑は今日まで血の畑と呼ばれている。
こうして預言者エレミヤによって言われた言葉が、成就したのである。すなわち、「彼らは、値をつけられたもの、すなわち、イスラエルの子らが値をつけたものの代価、銀貨三十を取って、
主がお命じになったように、陶器師の畑の代価として、その金を与えた」。

ピラトの前での尋問


マタイ27:11-14,マルコ15:2-5,ルカ23:2-7,ヨハネ18:28-38


それから人々は、イエスをカヤパのところから官邸につれて行った。時は夜明けであった。彼らは、けがれを受けないで過越の食事ができるように、官邸にはいらなかった。
そこで、ピラトは彼らのところに出てきて言った、「あなたがたは、この人に対してどんな訴えを起すのか」。
彼らはピラトに答えて言った、「もしこの人が悪事をはたらかなかったなら、あなたに引き渡すようなことはしなかったでしょう」。
そして訴え出て言った、「わたしたちは、この人が国民を惑わし、貢をカイザルに納めることを禁じ、また自分こそ王なるキリストだと、となえているところを目撃しました」。
祭司長、長老たちが訴えている間、イエスはひと言もお答えにならなかった。
するとピラトは言った、「あんなにまで次々に、あなたに不利な証言を立てているのが、あなたには聞えないのか」。
しかし、総督が非常に不思議に思ったほどに、イエスは何を言われても、ひと言もお答えにならなかった。
そこでピラトは彼らに言った、「あなたがたは彼を引き取って、自分たちの律法でさばくがよい」。ユダヤ人らは彼に言った、「わたしたちには、人を死刑にする権限がありません」。
これは、ご自身がどんな死にかたをしようとしているかを示すために言われたイエスの言葉が、成就するためである。
さて、ピラトはまた官邸にはいり、イエスを呼び出して言った、「あなたは、ユダヤ人の王であるか」。
イエスは答えられた、「あなたがそう言うのは、自分の考えからか。それともほかの人々が、わたしのことをあなたにそう言ったのか 」。
ピラトは答えた、「わたしはユダヤ人なのか。あなたの同族や祭司長たちが、あなたをわたしに引き渡したのだ。あなたは、いったい、何をしたのか」。
イエスは答えられた、「わたしの国はこの世のものではない。もしわたしの国がこの世のものであれば、わたしに従っている者たちは、わたしをユダヤ人に渡さないように戦ったであろう。しかし事実、わたしの国はこの世のものではない 」。
そこでピラトはイエスに言った、「それでは、あなたは王なのだな」。イエスは答えられた、「あなたの言うとおり、わたしは王である。わたしは真理についてあかしをするために生れ、また、そのためにこの世にきたのである。だれでも真理につく者は、わたしの声に耳を傾ける 」。
ピラトはイエスに言った、「真理とは何か」。こう言って、彼はまたユダヤ人の所に出て行き、彼らに言った、「わたしには、この人になんの罪も見いだせない。」
ところが彼らは、ますます言いつのってやまなかった、「彼は、ガリラヤからはじめてこの所まで、ユダヤ全国にわたって教え、民衆を煽動しているのです」。
ピラトはこれを聞いて、この人はガリラヤ人かと尋ね、
そしてヘロデの支配下のものであることを確かめたので、ちょうどこのころ、ヘロデがエルサレムにいたのをさいわい、そちらへイエスを送りとどけた。

ヘロデの前での尋問


ルカ23:8-12

ヘロデはイエスを見て非常に喜んだ。それは、かねてイエスのことを聞いていたので、会って見たいと長いあいだ思っていたし、またイエスが何か奇跡を行うのを見たいと望んでいたからである。
それで、いろいろと質問を試みたが、イエスは何もお答えにならなかった。
祭司長たちと律法学者たちとは立って、激しい語調でイエスを訴えた。
またヘロデはその兵卒どもと一緒になって、イエスを侮辱したり嘲弄したりしたあげく、はなやかな着物を着せてピラトへ送りかえした。
ヘロデとピラトとは以前は互に敵視していたが、この日に親しい仲になった。

ピラトの前での再尋問


マタイ27:15-23,マルコ15:6-14,ルカ23:13-23,ヨハネ18:39-40


ピラトは、祭司長たちと役人たちと民衆とを、呼び集めて言った、
「おまえたちは、この人を民衆を惑わすものとしてわたしのところに連れてきたので、おまえたちの面前でしらべたが、訴え出ているような罪は、この人に少しもみとめられなかった。
ヘロデもまたみとめなかった。現に彼はイエスをわれわれに送りかえしてきた。この人はなんら死に当るようなことはしていないのである。
だから、彼をむち打ってから、ゆるしてやることにしよう」。
さて、祭のたびごとに、総督は群衆が願い出る囚人ひとりを、ゆるしてやる慣例になっていた。
ここに、暴動を起し人殺しをしてつながれていた暴徒の中に、バラバという者がいた。
群衆が押しかけてきて、いつものとおりにしてほしいと要求しはじめた。
それで、彼らが集まったとき、ピラトは言った、「おまえたちは、だれをゆるしてほしいのか。バラバか、それとも、ユダヤ人の王、キリストといわれるイエスか」。
彼らがイエスを引きわたしたのは、ねたみのためであることが、ピラトにはよくわかっていたからである。
また、ピラトが裁判の席についていたとき、その妻が人を彼のもとにつかわして、「あの義人には関係しないでください。わたしはきょう夢で、あの人のためにさんざん苦しみましたから」と言わせた。
しかし、祭司長、長老たちは、バラバをゆるして、イエスを殺してもらうようにと、群衆を説き伏せた。
総督は彼らにむかって言った、「ふたりのうち、どちらをゆるしてほしいのか」。彼らは「バラバの方を」と言った。
ピラトは言った、「それではユダヤ人の王キリストといわれるイエスは、どうしたらよいか」。彼らはいっせいに「十字架につけよ」と言った。
ピラトはイエスをゆるしてやりたいと思って、もう一度かれらに呼びかけた。
しかし彼らは、わめきたてて「十字架につけよ、彼を十字架につけよ」と言いつづけた。
ピラトは三度目に彼らにむかって言った、「では、この人は、いったい、どんな悪事をしたのか。彼には死に当る罪は全くみとめられなかった。だから、むち打ってから彼をゆるしてやることにしよう」。
ところが、彼らは大声をあげて詰め寄り、イエスを十字架につけるように要求した。そして、その声が勝った。

バラバの釈放


マタイ27:26-30(ジョセフ・スミス訳),マルコ15:15-19,ルカ23:25,ヨハネ19:1-3


そこで、ピラトは群衆を満足させようと思って、バラバをゆるしてやり、イエスをむち打ったのち、十字架につけるために引きわたした。
それから総督の兵士たちは、イエスを、邸宅、すなわち総督官邸の内に連れて行って、全部隊をイエスのまわりに集めた。
そしてその上着をぬがせて、紫の外套を着せ、
また、いばらで冠を編んでその頭にかぶらせ、右の手には葦の棒を持たせ、それからその前にひざまずき、嘲弄して、「ユダヤ人の王、ばんざい」と言った。そして平手でイエスを打ちつづけた。
また、イエスにつばきをかけ、葦の棒を取りあげてその頭をたたいた。

ピラト、イエスに判決を下す


マタイ27:24-25,ルカ23:24,ヨハネ19:4-15

するとピラトは、また出て行ってユダヤ人たちに言った、「見よ、わたしはこの人をあなたがたの前に引き出すが、それはこの人になんの罪も見いだせないことを、あなたがたに知ってもらうためである」。
イエスはいばらの冠をかぶり、紫の上着を着たままで外へ出られると、ピラトは彼らに言った、「見よ、この人だ」。
祭司長たちや下役どもはイエスを見ると、叫んで「十字架につけよ、十字架につけよ」と言った。ピラトは彼らに言った、「あなたがたが、この人を引き取って十字架につけるがよい。わたしは、彼にはなんの罪も見いだせない」。
ユダヤ人たちは彼に答えた、「わたしたちには律法があります。その律法によれば、彼は自分を神の子としたのだから、死罪に当る者です」。
ピラトがこの言葉を聞いたとき、ますますおそれ、
もう一度官邸にはいってイエスに言った、「あなたは、もともと、どこからきたのか」。しかし、イエスはなんの答もなさらなかった。
そこでピラトは言った、「何も答えないのか。わたしには、あなたを許す権威があり、また十字架につける権威があることを、知らないのか」。
イエスは答えられた、「あなたは、上から賜わるのでなければ、わたしに対してなんの権威もない。だから、わたしをあなたに引き渡した者の罪は、もっと大きい 」。
これを聞いて、ピラトはイエスを許そうと努めた。しかしユダヤ人たちが叫んで言った、「もしこの人を許したなら、あなたはカイザルの味方ではありません。自分を王とするものはすべて、カイザルにそむく者です」。
ピラトはこれらの言葉を聞いて、イエスを外へ引き出して行き、敷石(ヘブル語ではガバタ)という場所で裁判の席についた。
その日は過越の準備の日であった。ピラトはユダヤ人らに言った、「見よ、これがあなたがたの王だ」。
すると彼らは叫んだ、「殺せ、殺せ、彼を十字架につけよ」。ピラトは彼らに言った、「あなたがたの王を、わたしが十字架につけるのか」。祭司長たちは答えた、「わたしたちには、カイザル以外に王はありません」。
ピラトは手のつけようがなく、かえって暴動になりそうなのを見て、水を取り、群衆の前で手を洗って言った、「この人の血について、わたしには責任がない。おまえたちが自分で始末をするがよい」。
すると、民衆全体が答えて言った、「その血の責任は、われわれとわれわれの子孫の上にかかってもよい」。
ピラトはついに彼らの願いどおりにすることに決定した。


【動画】ピラトから刑の宣告を受けられるイエス


カルバリへの道


マタイ27:31-34,38,マルコ15:20-23,25-28,ルカ23:26-33,ヨハネ19:17-18(以上ジョセフ・スミス訳)

そこでピラトは、十字架につけさせるために、イエスを彼らに引き渡した。彼らはイエスを引き取った。
こうしてイエスを嘲弄したあげく、紫の外套をはぎ取って元の上着を着せ、それから十字架につけるために引き出した。
イエスはみずから十字架を背負って、「埋葬」(ヘブル語ではゴルゴダ)という場所に出て行かれた。
彼らがイエスをひいてゆく途中、アレキサンデルとルポスとの父シモンという名のクレネ人が、郊外からきて通りかかったので、捕えてイエスの十字架を無理に負わせ、それをになってイエスのあとから行かせた。
大ぜいの民衆と、悲しみ嘆いてやまない女たちの群れとが、イエスに従って行った。
イエスは女たちの方に振りむいて言われた、「エルサレムの娘たちよ、わたしのために泣くな。むしろ、あなたがた自身のため、また自分の子供たちのために泣くがよい。
不妊の女と子を産まなかった胎と、ふくませなかった乳房とは、さいわいだ』と言う日が、いまに来る。
そのとき、人々は山にむかって、われわれの上に倒れかかれと言い、また丘にむかって、われわれにおおいかぶされと言い出すであろう。
もし、生木でさえもそうされるなら、枯木はどうされることであろう 」。
イエスはイスラエルの散乱と、異教徒すなわち異邦人による破壊について言われたのである。
さて、イエスと共に刑を受けるために、ほかにふたりの犯罪人も引かれていった。

そして、ゴルゴダ、すなわち、埋葬の場、という所にきたとき、
彼らは没薬をまぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはそれをなめただけで、飲もうとされなかった。
イエスを十字架につけたのは、朝の九時ごろであった。
同時に、ふたりの強盗がイエスと一緒に、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけられた。
こうして「彼は罪人たちのひとりに数えられた」と書いてある言葉が成就したのである。


【動画】イエス,十字かにおかかりになる



【動画】救い主はむち打たれ,十字架につけられる


十字架上の札


マタイ27:37,マルコ15:26,ルカ23:38,ヨハネ19:19-22

ピラトは罪状書きを書いて、十字架の上にかけさせた。それには「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」と書いてあった。
イエスが十字架につけられた場所は都に近かったので、多くのユダヤ人がこの罪状書きを読んだ。それはヘブル、ローマ、ギリシヤの国語で書いてあった。
ユダヤ人の祭司長たちがピラトに言った、「『ユダヤ人の王』と書かずに、『この人はユダヤ人の王と自称していた』と書いてほしい」。
ピラトは答えた、「わたしが書いたことは、書いたままにしておけ」。

十字架上での最初の言葉


ルカ23:34(ジョセフ・スミス訳)


そのとき、イエスは言われた。「父よ彼らをお赦しください。彼らは何をしているか分からずにいるのです。」(これは、イエスを十字架につけた兵卒たちのことを言われたのである。)

兵士たち、イエスの衣を分配する


マタイ27:35-36,マルコ15:24,ルカ23:34,ヨハネ19:23-24

さて、兵卒たちはイエスを十字架につけてから、その上着をとって四つに分け、おのおの、その一つを取った。また下着を手に取ってみたが、それには縫い目がなく、上の方から全部一つに織ったものであった。
そこで彼らは互に言った、「それを裂かないで、だれのものになるか、くじを引こう」。これは、「彼らは互にわたしの上着を分け合い、わたしの衣をくじ引にした」という聖書が成就するためで、兵卒たちはそのようにしたのである。
彼らは、くじを引いて、だれが何を取るかを定めたうえ、イエスの着物を分け、
そこにすわってイエスの番をしていた。

あざけりとののしり


マタイ27:39-44,マルコ15:29-32,ルカ23:35-37

そこを通りかかった者たちは、頭を振りながら、イエスをののしって
言った、「神殿を打ちこわして三日のうちに建てる者よ。もし神の子なら、自分を救え。そして十字架からおりてこい」。
祭司長たちも同じように、律法学者、長老たちと一緒になって、嘲弄して言った、
「他人を救ったが、自分自身を救うことができない。あれがイスラエルの王なのだ。いま十字架からおりてみよ。そうしたら信じよう。
彼は神にたよっているが、神のおぼしめしがあれば、今、救ってもらうがよい。自分は神の子だと言っていたのだから」。
兵卒どももイエスをののしり、近寄ってきて酢いぶどう酒をさし出して言った、
「あなたがユダヤ人の王なら、自分を救いなさい」。

十字架上での第2の言葉


ルカ23:39-43

十字架にかけられた犯罪人のひとりが、「あなたはキリストではないか。それなら、自分を救い、またわれわれも救ってみよ」と、イエスに悪口を言いつづけた。
もうひとりは、それをたしなめて言った、「おまえは同じ刑を受けていながら、神を恐れないのか。
お互は自分のやった事のむくいを受けているのだから、こうなったのは当然だ。しかし、このかたは何も悪いことをしたのではない」。
そして言った、「イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください」。
イエスは言われた、「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう 」。

【解説】
聖文では、パラダイスという言葉は普通、義人のために用意されている
「死後の霊界にある平安で幸福な場所」を意味する。
ジョセフ・スミスはルカ23:43に出てくるパラダイスという言葉は
「誤訳であり、実際には、その犯罪人も主とともに霊界にいるであろ
うと主は言われた」と言っている。
その犯罪人は、霊界で福音が宣べ伝えられるのを聞く。

十字架上での第3の言葉


ヨハネ19:25-27


さて、イエスの十字架のそばには、イエスの母と、母の姉妹と、クロパの妻マリヤと、マグダラのマリヤとが、たたずんでいた。
イエスは、その母と愛弟子とがそばに立っているのをごらんになって、母にいわれた、「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です 」。
それからこの弟子に言われた、「ごらんなさい。これはあなたの母です 」。そのとき以来、この弟子はイエスの母を自分の家に引きとった。

地上を暗闇が覆う


マタイ27:45,マルコ15:33,ルカ23:44

時はもう昼の十二時ごろであったが、太陽は光を失い、全地は暗くなって、三時に及んだ。

十字架上での第4の言葉


マタイ27:46-47,マルコ15:34-35

そして三時ごろに、イエスは大声で叫んで、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と言われた。それは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。
すると、そこに立っていたある人々が、これを聞いて言った、「あれはエリヤ(Elias)を呼んでいるのだ」。

【解説】
福音書の著者が「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」という原語を載せたのは、それは、この部分が旧約聖書の詩篇、第22篇からの引用だったから。
新約聖書自体はギリシャ語で書かれている。
しかし、当時の旧約聖書は大部分がヘブライ語で書かれていた。
「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」はヘブライ語だ。
当時のパレスチナ地方では日常生活にヘブライ語は使われていなかった。
ヘブライ語は聖書を読むときだけに使われていた、いわゆる古語だった。
当時でもキリストのこの言葉聞いて、旧約聖書から引用だということは、すぐにわかったことだろう。
だから、ここではヘブライ語の音訳が載せられているのである。

詩篇第22編
わが神、わが神、なにゆえわたしを捨てられるのですか。
すべてわたしを見る者は、わたしをあざ笑い、くちびるを突き出し、かしらを振り動かして言う。
「彼は主に身をゆだねた、主に彼を助けさせよ。主は彼を喜ばれるゆえ、主に彼を救わせよ」と。
悪を行うものの群れがわたしを囲んで、わたしの手と足を刺し貫いた。
彼らは互いにわたしの衣服を分け、わたしの着物をくじびきにする。

詩篇のこの箇所を読んで分かるように、これは救い主が十字架上で受けることを何百年も前に予言しているのである。
イエスは単に弱音を吐かれたのでなく、聖書に書かれてある世の救い主に関する予言が成就したことを宣言されたのである。

天の御父は十字架上のイエスをお見捨てになったか。
ジェフリー・R・ホランド長老は以下の見解を述べている。
「わたしは完全な御方である御父は、
その瞬間に御子をお見捨てにはならなかったことを証します。
それでも、御子の至高の犠牲は、それが自発的であればあるほど、
また孤独であればあるほど完全なものになるという理由から、
御父は短い間、御父の霊がもたらす安らぎと、
御父御自身の存在による支えをイエスから取り去られたのです。
無限にして永遠の贖罪を成し遂げるために、
イエスは肉体だけでなく霊が死ぬということがどのようなことかを実感し、
神の霊が退き、独り残されて、これ以上ないほどの悲惨極まる、
絶望的な孤独を感じることがどのようなことかを
御自身で理解される必要がありました。」

十字架上での第5の言葉


マタイ27:48-49,マルコ15:36,ヨハネ19:28-29

そののち、イエスは今や万事が終ったことを知って、「わたしは、かわく 」と言われた。それは、聖書が全うされるためであった。
そこに、酢いぶどう酒がいっぱい入れてある器がおいてあったので、人々は、このぶどう酒を含ませた海綿をヒソプの茎に結びつけて、イエスの口もとにさし出した。
ほかの人々は言った、「待て、エリヤ(Elias)が彼を救いに来るかどうか、見ていよう」。

十字架上での第6の言葉


ヨハネ19:30

すると、イエスはそのぶどう酒を受けて、「すべてが終った 」と言われた。

十字架上での最後の言葉、死


マタイ27:50(ジョセフ・スミス訳),マルコ15:37,ルカ23:46,ヨハネ19:30


イエスはもう一度大声で叫んで、「父よ、終わりました。あなたの御心が行なわれました。父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます」と言われ、
首をたれて息をひきとられた。

百卒長の証


マタイ26:51-56,マルコ15:38-41,ルカ23:45,47-49


すると見よ、神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。また地震があり、岩が裂け、
また墓が開け、眠っている多くの聖徒たちの死体が生き返った。

そしてイエスの復活ののち、墓から出てきて、聖なる都にはいり、多くの人に現れた。
イエスにむかって立っていた百卒長、および彼と一緒にイエスの番をしていた人々は、地震や、いろいろのできごとを見て非常に恐れ、「まことに、この人は神の子であった」と言った。
この光景を見に集まってきた群衆も、これらの出来事を見て、みな胸を打ちながら帰って行った。
また、そこには遠くの方から見ている女たちも多くいた。彼らはイエスに仕えて、ガリラヤから従ってきた人たちであった。
その中には、マグダラのマリヤ、ヤコブとヨセフとの母マリヤ、またゼベダイの子たちの母サロメがいた。

イエスの脇を突き刺す


ヨハネ19:31-37

さてユダヤ人たちは、その日が準備の日であったので、安息日に死体を十字架の上に残しておくまいと、(特にその安息日は大事な日であったから)、ピラトに願って、足を折った上で、死体を取りおろすことにした。
そこで兵卒らがきて、イエスと一緒に十字架につけられた初めの者と、もうひとりの者との足を折った。
しかし、彼らがイエスのところにきた時、イエスはもう死んでおられたのを見て、その足を折ることはしなかった。
しかし、ひとりの兵卒がやりでそのわきを突きさすと、すぐ血と水とが流れ出た。
それを見た者があかしをした。そして、そのあかしは真実である。その人は、自分が真実を語っていることを知っている。それは、あなたがたも信ずるようになるためである。
これらのことが起ったのは、「その骨はくだかれないであろう」との聖書の言葉が、成就するためである。
また聖書のほかのところに、「彼らは自分が刺し通した者を見るであろう」とある。

埋葬


マタイ27:57-61,マルコ15:42-47,ルカ23:50-56,ヨハネ19:38-42

さて、すでに夕がたになったが、その日は準備の日、すなわち安息日の前日であったので、
ユダヤの町アリマタヤの出身で、金持のヨセフという名の人がきた。彼もまたイエスの弟子であって、善良で正しい人であった。彼は地位の高い議員であって、彼自身、神の国を待ち望んでいる人であった。
彼は議会の議決や行動には賛成していなかった。
この人が大胆にもピラトの所へ行って、イエスのからだの引取りかたを願った。
ピラトは、イエスがもはや死んでしまったのかと不審に思い、百卒長を呼んで、もう死んだのかと尋ねた。
そして、百卒長から確かめた上、死体をヨセフに渡すように命じた。
そこで、ヨセフはきれいな亜麻布を買い求めた。
また、前に、夜、イエスのみもとに行ったニコデモも、没薬と沈香とをまぜたものを百斤ほど持ってきた。

彼らは、イエスの死体を取りおろし、ユダヤ人の埋葬の習慣にしたがって、香料を入れて亜麻布で巻いた。
イエスが十字架にかけられた所には、一つの園があり、そこにはまだだれも葬られたことのない岩を掘って造った新しい墓があった。
その日はユダヤ人の準備の日であったので、その墓が近くにあったため、イエスをそこに納めた。
マグダラのマリヤとヨセの母マリヤとが、あとについてきて、その墓を見、またイエスのからだが納められる様子を見とどけた。
墓の入口に大きい石をころがしておいた。
そして帰って、香料と香油とを用意した。それからおきてに従って安息日を休んだ。

アメリカ大陸におけるキリストの死のしるし


ヒラマン14:20-27,3ニーファイ8:5-25,9:1-22,10:1-13

【サムエルによるキリストの死のしるしの予言】
ところで見よ、前に言ったように、もう一つのしるし、すなわちキリストの死のしるしについて述べると、見よ、キリストが死なれる日には、太陽は暗くなって、あなたがたにその光を与えようとしない。また、月も星も同様である。キリストが亡くなられるときから三日間、すなわちキリストが再び死者の中からよみがえられるときまで、この地の面にはまったく光がない。
まことに、キリストが息を引き取られるときには、何時間も雷と稲妻があり、大地が振動し、揺れ動くであろう。また、この地の面にある岩は地上の岩も地下の岩も、今あなたがたの知っているように堅固であり、その大半は頑丈な一つの塊であるが、それが砕かれるであろう。
まことに、それらの岩は二つに裂けて、ひびや割れ目や砕けた破片がその後いつまでも、全地の面に、また地上にも地下にも見いだされるであろう。
また見よ、大暴風雨があるであろう。そして、多くの山が谷のように低くなり、現在谷と呼ばれている多くの場所が、非常に高い山となるであろう。
また、多くの街道が破壊され、多くの町が荒れ果てるであろう。
さらに、多くの墓が開かれて、多くの死者を出し、多くの聖徒が多くの人に現れるであろう。
見よ、このように天使がわたしに語った。何時間にもわたって雷と稲妻があると、天使はわたしに言った。
また天使はわたしに、これらのことは、このように雷と稲妻と暴風雨が続く間にあり、さらにまた暗闇が三日間、全地の面を覆うと言った。


【動画】レーマン人サムエル,イエス・キリストについて話す




【実際に起こったキリストの死のしるし】
さて、第三十四年一月四日に、全地でこれまでにまったく知られていないような大きな嵐が起こった。
また、激しくすさまじい暴風雨もあった。また、すさまじい雷があり、まさに引き裂くほどに全地を揺り動かした。
さらに、全地でこれまでにまったく知られていないような非常に強烈な稲妻があった。
そして、ゼラヘムラの町に火がついた。
モロナイの町は海の深みに沈んで、そこに住む者はおぼれた。
また、地がモロナイハの町の上に持ち上がり、その町のあった所に大きな山ができた。
南方の地にも大変な恐ろしい破壊があった。
しかし見よ、北方の地にはもっと大変な恐ろしい破壊があった。見よ、暴風雨と旋風と雷と稲妻と全地の非常に激しい震動のために、地の全面が変わってしまった。
街道は破壊され、平坦な道は損なわれ、多くの平らな場所が起伏の激しい所となり、
多くの大きな名の知れた町が沈み、多くの町が焼け、また多くの町が揺れ動いて建物が地に倒れ、そこに住む者が死に、方々の地が荒れ果てるに任された。
残った町も多少あったが、それでもそれらの町の受けた被害は非常に大きく、それらの町の多くの者が死んだ。
また、旋風によって運び去られた者もかなりいた。人々は彼らが運び去られたことは知っているが、どこへ運ばれて行ったのかだれも知らない。
このように、暴風雨と雷と稲妻と地の震動のために、全地の面が形を変えてしまった。
そして見よ、方々の岩は二つに裂けて、全地の面に及んだので、地の全面に砕けた破片として、ひびとして、割れ目として見られるようになった。
そして、雷と稲妻、嵐、暴風雨、地の震動はやんだ。見よ、これらはおよそ三時間続いた。その時間はもっと長かったと言う人々もいたが、このような大変な恐ろしい出来事はすべて、およそ三時間続いた。その後、見よ、地の面が暗くなった。
そして、地の全面に深い暗闇があり、それまでに倒れなかった民がその暗黒の霧に触れると、それを感じることができるほどであった。
また、暗闇のために光はまったく存在することができず、ろうそくも、たいまつもともすことができなかった。また、良質の十分に乾燥した木にも火をつけることができなかったので、光はまったくなかった。
地の面にある暗黒の霧が非常に深かったので、どんな光も見えず、火も、かすかな光も、太陽も、月も、星も見えなかった。
そして、光のまったく見えない状態が三日間続き、すべての民の中に大きな悲しみとわめき声と泣き声が絶えなかった。まことに、民に及んだ暗闇と大きな破壊のために、民のうめき声は大きかった。
そして、ある所では民が、「おお、この大変な恐ろしい日が来る前に悔い改めておけばよかった。そうすれば、我々の同胞は命を助けられ、あの大きな町ゼラヘムラで焼かれることはなかっただろう」と叫ぶのが聞かれ、
また別の所では、「おお、この大変な恐ろしい日が来る前に悔い改めておき、預言者たちを殺さず、石を投げつけず、追い出さなければよかった。そうすれば、我々の母も、麗しい娘たちも、子供たちも命を助けられ、あの大きな町モロナイハで埋められることはなかっただろう」と叫ぶのが聞かれた。このように、民は大いに、またひどくうめき苦しんだ。
さて、この地の全面で、地に住むすべての者に次のように告げる声が聞こえた。
「災いである、災いである、この民は災いである。全地の民は悔い改めなければ災いである。わたしの民の麗しい息子、娘たちが殺されたことを、悪魔は笑い、悪魔の使いは喜んでいる。わたしの民の麗しい息子、娘たちが倒されたのは、彼らの罪悪と忌まわしい行いのためである。
見よ、あの大きな町ゼラヘムラとそこに住む者たちを、わたしは火で焼いた。
また見よ、あの大きな町モロナイを、わたしは海の深みに沈め、そこに住む者たちをおぼれさせた。
また見よ、あの大きな町モロナイハとそこに住む者たちを土で覆い、彼らの罪悪と忌まわしい行いをわたしの前から隠して、預言者たちと聖徒たちの血が、もはや彼らについてわたしに訴えることのないようにした。
見よ、ギルガルの町を沈め、そこに住む者たちを地の深みに埋めた。
また、オナイハの町とその民、モクムの町とその民、エルサレムの町とその民も同様であり、わたしはそれらの町に代わって水をわき上がらせ、彼らの悪事と忌まわしい行いをわたしの前から隠して、預言者たちと聖徒たちの血が、もはや彼らについてわたしに訴えることのないようにした。
また見よ、ガデアンダイの町、ガデオムナの町、ヤコブの町、ギムギムノの町、これらをすべて沈め、それらの場所に丘と谷を造った。また、それらの町に住む者たちを地の深みに埋め、彼らの悪事と忌まわしい行いをわたしの前から隠して、預言者たちと聖徒たちの血が、もはや彼らについてわたしに訴えることのないようにした。
また見よ、ヤコブ王の民が住んでいたあの大きな町ヤコブガスを、全地のどんな悪事も及ばない彼らの罪と悪事のゆえに、また彼らの暗殺と秘密結社のゆえに、わたしは火で焼かせた。わたしの民の平和を破り、国の政府を滅ぼしたのは彼らである。したがって、わたしは彼らを焼かせ、わたしの前から彼らを滅ぼして、預言者たちと聖徒たちの血が、もはや彼らについてわたしに訴えることのないようにした。
また見よ、レーマンの町と、ヨシの町と、ガドの町と、キシクメンの町と、それらの町に住む者たちを、わたしは火で焼かせた。彼らが預言者たちを追い出すという悪事、また彼らの悪事と忌まわしい行いのことを彼らに告げさせるために、わたしが遣わした者たちに石を投げつけるという悪事を行ったからである。
彼らが預言者たちをすべて追い出し、彼らの中に一人も義人がいなくなったので、わたしは火を下して彼らを滅ぼし、彼らの悪事と忌まわしい行いがわたしの前から隠されて、わたしが彼らの中に遣わした預言者たちと聖徒たちの血が、地から叫んで彼らについてわたしに訴えることのないようにした。
わたしは、多くのひどい破壊がこの地とここに住む者たちに及ぶようにさせたが、それは彼らの悪事と忌まわしい行いのゆえである。
おお、彼らよりも義にかなっているために、命を助けられているすべての者よ。わたしがあなたがたを癒すことができるように、今あなたがたはわたしに立ち返り、自分の罪を悔い改め、心を改めようとしているか。
まことに、あなたがたに言う。あなたがたは、わたしのもとに来るならば永遠の命を得るであろう。見よ、わたしの憐れみの腕はあなたがたに向けて伸べられている。わたしは来る者をだれでも受け入れよう。わたしのもとに来る者は幸いである。
見よ、わたしは神の子イエス・キリストである。わたしは天地とその中にある万物を創造した。わたしは初めから父とともにいた。わたしは父におり、父はわたしにおられる。そして、わたしによって父は御名に栄光を受けられた。
わたしは自分の民のところに来たのに、民はわたしを受け入れなかった。わたしの来臨に関する聖文は成就している。
わたしを受け入れた者に、わたしは神の子となることを許した。わたしの名を信じる者にも同様にしよう。見よ、わたしによって贖いは可能になっており、またわたしによってモーセの律法は成就している。
わたしは世の光であり命である。わたしはアルパでありオメガであり、初めであり終わりである。
あなたがたは、もはや血を流すことをわたしへのささげ物としてはならない。あなたがたの犠牲と燔祭は取りやめなさい。わたしはこれから、あなたがたの犠牲と燔祭を受け入れないからである。
あなたがたは打ち砕かれた心と悔いる霊を、犠牲としてわたしにささげなさい。打ち砕かれた心と悔いる霊をもってわたしのもとに来る者に、わたしはレーマン人に授けたように、火と聖霊によってバプテスマを授けよう。レーマン人は改心したときにわたしを信じたので、火と聖霊によるバプテスマを受けた。しかし、彼らはそれを知らなかった。
見よ、わたしは、世に贖いをもたらし、世の人々を罪から救うために世に来た。
それゆえ、悔い改めて幼子のようにわたしのもとに来る者を、わたしはだれでも受け入れよう。神の王国はこのような者の国である。見よ、このような者のために、わたしは自分の命を捨て、再びそれを得た。それゆえ、地の果てに至る人々よ、悔い改め、わたしのもとに来て救われなさい。」
さて見よ、この地のすべての人がこれらの御言葉を聞き、それについて証人となった。そして、これらの御言葉の後、地は何時間も静かであった。
民があまりの驚きに、親族を失ったのを嘆くこと、また泣きわめくことをやめてしまったからである。そのために、全地は何時間も静かであった。
そして、再び民に声が聞こえた。すべての人はそれを聞き、それについての証人となったが、その声は次のように語られた。
「おお、ヤコブの子孫であり、イスラエルの家に属する者である、崩れ落ちたこれらの大きな町の民よ。めんどりが羽の下にひなを集めるように、わたしはあなたがたを幾度集め、養ってきたことか。
さらにまた、めんどりが羽の下にひなを集めるように、わたしはあなたがたを幾度集めようとしたことか。まことに、おお、罪を犯してきたイスラエルの家の民よ。まことに、おお、同じように罪を犯してきたエルサレムに住むイスラエルの家の民よ。まことに、めんどりが羽の下にひなを集めるように、わたしはあなたがたを幾度集めようとしたことか。しかし、あなたがたは応じようとしなかった。
おお、わたしが命を助けたイスラエルの家よ。あなたがたが悔い改め、十分に固い決意をもってわたしに立ち返るならば、めんどりが羽の下にひなを集めるように、わたしはあなたがたを幾度も集めよう。
しかし、おお、イスラエルの家よ、もし悔い改めて立ち返らなければ、あなたがたの住居のある所は、あなたがたの先祖に立てた聖約が果たされるときまで荒れ果てた所となるであろう。」
さて、民はこれらの御言葉を聞いた後、見よ、親族と友人を失ったことで再び涙を流し、泣きわめき始めた。
そして三日たった。そして朝になると、暗闇は地の面から消え去り、地が揺れ動くのはやみ、岩が裂けるのもやみ、恐ろしいうなりは静まり、騒々しい音はすべてやんだ。
地は再び合わさってそのままになった。また、命を助けられた人々の嘆きや泣き悲しむ声もやんだ。そして、彼らの嘆きは喜びに変わり、彼らの悲しみは、彼らの贖い主なる主イエス・キリストへの賛美と感謝に変わった。
預言者たちによって述べられた聖文はここまで成就した。
このときに命を助けられたのは、ひときわ義にかなった人々である。彼らは預言者たちを受け入れた人々で、預言者たちに石を投げつけなかった。また、聖徒たちの血を流したこともなかった。
彼らは命を助けられ、地の中に沈められることも埋められることもなかった。海の深みにおぼれることもなく、火で焼かれもせず、落ちて押しつぶされて死ぬこともなかった。また、彼らは旋風に運び去られることもなく、立ち込める煙と暗黒の霧に打ち倒されるということもなかった。


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