2004年9月のみことば |
イエスは彼女に言われた。「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信ずる者は、たとい死んでも生きる。また、生きていて、私を信ずる者は、いつまでも死なない。あなたはこれを信ずるか」。 (ヨハネによる福音書11章25節〜26節) |
死んだラザロをよみがえらせた主が、ラザロの妹マルタに語られた言葉です。命の言い方に2つあります。 よい羊飼は、羊のために命を捨てる。(ヨハネ10章11節)の命は「プシューケー」(ギリシャ語)。 いつまでも死なない命は「ゾーエー」(ギリシャ語)。 イエス様が下さるのは「ゾーエー」の永遠の命、死なない命です。肉体が滅びて死ぬ命ではありません。 私は死に行く末期の癌の人に、この命(ゾーエー)の事を伝えて来ました。 中学生の男の子。神様のいます事、イエス・キリストを信じ「ゾーエー」のこと、イエス様を信ずる事によって与えられ、祈るべきことを5分話す。 翌晩、母親の目の前で窒息死、母親失神。私が呼ばれました。「先生ありがとうございました。私共は宗教を持っていません。しかし、息子が神様助けて下さいと声を出して祈っていました。今、天国に行ったことを信じます。」 確実に、イエス様を信じた者は命を得ています。 人生の不条理、差別、病気、不安、あらゆるものがあります。それらは皆、天の父なる神様の栄光を表す出来事となるのです。ただただ“私”のために十字架にかけられたイエス・キリストを救い主として受け入れたときおこるのです。決して失望に終わることはありません。みことばを信ずるときイエス・キリストだけが、このことのおできになる方ということが判ります。 |
深谷教会 保母光彦牧師 (ほぼ みつひこ) |
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