かじき

 同窓会、クラス会など懐かしさを増す年頃なのか近頃大変多くなってきた。
元気だからこそ出られる・・・ とメンバー皆の間にも暗黙の納得がある。
皆から次第に遠ざかっていってしまう仲間もいて ご無沙汰の間に連絡不能になってしまう、 それはとても寂しい限りだ。
 今年の大学のクラス会には卒業以来初めて出席という2人が加わった。いずれも遠隔地や 海外勤務などで これまで参加しにくかったという事情があったにしろ ご無沙汰の期間は 四昔ほどになるから 浦島太郎並だったかも知れない。

 どの同窓会でも長い間 確りと名簿の管理を続けてくれた幹事さんたちの功績が大きい。 40年ぶりと言っても逢えば数分の内にはたちどころに昔と変らない顔と話し合っている 自分に 気付かされる。
 我々の小学校の頃はまだまだ戦後、クラスは60人、教室は足らずに午前午後入れ替える2部授業、一時3部授業なんていうこともあった位の混乱の時代、いまでは約半分のクラス メイトに 連絡できるだけになってしまったが 働き盛り時代の会の一時中断が悔やまれる。

 中学クラスは男女共学だったが 中に永年しっかりと名簿を管理してくれていた 女性が居た おかげで今でも8割近くのクラスメートと旧交を暖めることが出来る、物故も数名と いう年頃 なので同期や前後の年代のクラスと較べてみても管理率最高のクラスだと思う。
年をとったからといって飲むことや遊ぶことを厭うような連中ではないし、年に数回の ゴルフや 飲み会などの会合は周りからヒンシュクを受けそうなヤンチャ餓鬼振り丸出しとなる。

 個性的な連中だけれど、中には やれば何でも一流という奴が居てテニス、ゴルフそして カジキ釣りの話になり、冬場テニスをしに行った沖縄地方のある海は絶好のカジキ釣り場に なるはずだ・・・と言うのだ。
  こちらは合い槌もままならない話題だったけれど一つ疑問をぶつけてみた、「カジキはくちばし の先が長いんだよね!? 何か役立つことがあるんだろうかね?」
 と、答えはこうだった「水中を猛烈なスピードで泳ぎ、餌魚に近づくと鼻先の角を刀の ように 振って相手を叩き 気絶させて弱らせ、それから食べるんだ。」ということだった。

 カジキ釣りはトローリングといって糸を流しながら船を走らせるらしいが、獲物のカジキが 針に懸かってからの釣り 人の魚との格闘、それはいうに言われない醍醐味らしい。
カジキにしても ただ釣られていてはたまらないから突進して・・・船に向かって来るという、 「穴が幾つも 空いた船体だって見ることが良くあるよ。」とのこと、そればかりか 船上に釣り 上げる時に 釣竿を真っ直ぐに引き揚げると長い角が釣り人自身に向かってきてしまうので、 右や、左に魚体が 流れるように竿を引かなければならないそうである。
「勢い良く釣り上がる角が船上の釣り人の胸を突き刺してしまうんだ。」と恐ろしい話だった。

 彼の様なスポーツ・フィッシングでは吊り上げたカジキはすぐに海に戻すか、船頭に呈上すると 言っていた。
でかい魚は刺身にしたってステーキにしたって何十人前も足りてしまう。
  ともあれ、いろいろな同窓会、今では毎日が日曜日の連中の多い年代、これから先も大切に、 皆に逢う貴重な機会である、楽しみにしようと思っている。

                                                    (2007)

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