第49話 「風のような歌の記念碑」
こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんなお話が聞こえてきます。犬にとっては、混乱してしまうこともあるけれど。
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このごろ、川ぺりのコーラス教室の練習に熱が入ってきました。秋になると、催し物で歌うのを頼まれたり、コンクールに出る機会が増えるらしいのです。 女の人と男の人が半々くらいで、「アー」ていうとっても高い声から「アー」ていう低い声まで、全部がいっしょになると不思議にきれいなんだよ。おいら一度、遠吠えで混ざろうとしたら大笑いされちゃったから、見るだけなんだけど。
その練習の中でも、みんなが特に熱を入れている歌があります。最近あちこちで耳にする歌なんだ。 私を葬った所にうつぶせ 嘆くのはやめてね 私は土ではありません 石ではありません 目には見えない もっと自由なものになって あなたを包んでいます 確かこんなふうな歌です。曲名は『もっと自由なものになって』だったかな? 「この歌を歌うと、つい涙が出てきてしまうの」と言いながら、ハンカチで目をそっと押さえる人もいます。
練習が終わると、お茶を飲みながらのお話が始まります。歌もいいけれど、お茶とお菓子もいいよね。 「・・この前話した記念碑の件ですけど、川向こうの合唱団の方にも話してみたら大賛成でね。」 「そうですか! コーラス仲間で少しずつお金を出し合えば、かなり立派なものができそうですよね。」 「詩の作者の先生にも連絡をとりましょう。この素晴らしい歌、『もっと自由なものになって』の音楽碑を立てて、その前で大合唱を実現しましょう。後世に残る歌の力って、本当にすごいですね!」 ・・そこまで話が来たとき、おいら、なんかおかしいと思いました。どうやら、『もっと自由なものになって』の記念碑を建てようとしているらしいのです。
おいら思うのだけれど、記念碑というのは石でできているよね? でも『もっと自由なものになって』の歌は「私は石ではありません」と歌っています。「目には見えないもっと自由なものになって」と歌っています。記念碑なんか作ったら、目には見えるし、場所はとるし、ちっとも自由ではありません。
おいらが頭を混乱させていると、こんな呟きが聞こえてきました。 「ねえねえ、今の話って、すこし変かも・・」 「うーん。ほら、少し前に亡くなった声楽家の記念碑が、彼女のふるさとにできたそうじゃない? ファンの人は素直に喜んでいるらしいから一概に悪いとは言えないけれど、歌はCDでも堪能できるのに、記念碑にお金が使われることを彼女は喜んでいるかしら?って思ったの。それと似ている気がする。」 どうやら、混乱しているのはおいらだけではないらしいです。 わんわん。またね。
(2007.9月掲載) |