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第20話「ジャン・バルジャンの末裔」 こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんな人たちと出会います。犬にとっては、目の回るようなこともあるけれど。 おじさんは、その古新聞を読んでギョッとしました。そしておいらと新聞と見比べて、困ったような顔になりました。 「俺だって自分が生活に困るまでは、郵便局強盗なんて『バクチで借金こしらえてせっぱ詰まった奴だろう』と思っていた。それがどうだ、まじめに勤めていた会社をリストラされたら、贅沢もしないのにあっという間に貯金が底をつくし、借りたサラ金は利息が膨らむ、次の仕事は見つからない。そうなったら情けないことに、強盗するしかないと思い詰めていた。あっけなく捕まったが。」 「刑務所では、たまに本を貸してくれるんだ。ふと読む気になったのがヴィクトル・ユゴー『レ・ミゼラブル』の第1巻。『ああ無情』とも言うな。ジャン・バルジャンがパンを盗んだところから始まる物語だ、と聞いていたから、自分と似ている気がして読み始めた。ジャン・バルジャンと関係なさそうな人物や歴史の話が長々と続くが、結局すべてはつながってゆく。その壮大さに驚いた。司馬遼太郎もびっくりだ! 貧困のせいで歴史の闇に埋もれてゆく彼の家族やコゼットの母親の話には、自分の母親を思って胸が痛んだ。 「そうして刑期が明けるまでの間、出所してから自分に何ができるのか、人の役に立てることはないか、考えた。新聞を読むと、コゼットのように家庭に恵まれず、虐待を受けたり貧困に陥っている子供は今の日本にもいる。面接に来てくれる篤志委員の人にそんな話をしたら調べてくれて、児童福祉関係の本を差し入れてくれたりもした。自分は独身だが、見知らぬ『コゼット』たちに何かできるかもしれないと考えるとうれしくなったよ。・・・ハッハハ、俺は犬を相手に何を熱く語っているんだか! この記事も何かの縁だと考えてもらっていくよ。」 いつか、おじさんの人生の物語を誰かが書いて、それを読んだ人が「勉強」することになるかもしれません。その物語には「児童福祉に後半生を捧げた男の再出発を見ていたのは、名もない放浪犬であった。」なんて、おいらのことも書いてもらえるかな? その話を聞いて「勉強」する後輩犬もいるかもしれないし・・・。 (2006.4月掲載) |
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※こどもの頃、昼下がりに放映していた映画「レ・ミゼラブル」を見てから、この物語が好きになり、文庫本でも読みました。今でも、「こんなエピソードもあったんだ」と改めて読み返してしまう時があります。映画やミュージカルが何度も作られていますが、最初にテレビで見たものをもう一度みたい! ジャベール警部の声の吹き替えが日下武史さんのものです。 |
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