第4話「なりたい子になりたかった」
こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをとことこ歩いていると、どういうわけか人に声をかけられて、ひとりごとの相手にさせられたります。
犬にとっては、ぜいたくな話もあるけれど。
* * * * * * * * * * * *
「おい、クソわんこ。お前は何になりたいんだ?」
カンカラカン、つぶれた空き缶がおいらのおしりにぶつかりました。後ろを見ると、でかい兄ちゃんがニヤニヤしておいらを見ています。もっと固い物をぶっつけられては大変なので、逃げようかなって思ったのだけど、伸びてきた大きな手はおいらの頭をぶっきらぼうになでてくれました。それでちょっとホッとして、隣りに座ってみました。
おいらたちの目の前のグラウンドでは、青と黒のシャツを着た小柄な男の人が苦しそうにずうっと走っています。兄ちゃんはそれをぼんやり眺めながら、ハァァ、と大きくため息をついて、おいらをじいっと見ました。
「いいよなー犬は。何かにならなくちゃいけない、とかってないもんな。ガキの頃は大人になることなんて考えたこともなかった。○○になりたい、なんて友達が言うのを聞くと、不思議な感じがしたよ。俺も、パイロットになりたい子どもとか、サッカー選手になりたい子とかになりたかったよ。」
きょとんとしてるおいらに向かって、兄ちゃん、話し始めたら止まりません。
「テレビに出るようなかっこいい人って、そこそこ才能があって、必死にやらなくても周りの人たちが持ち上げてくれて、自由にやってるうちにああなったんだと思う。○ムタクとか○○エモンとかサッカーの○デとか。普通の仕事だって、ちょっと気を利かせたことをしたら『すごい、さすが!』ってほめてくれて、みんながいつもニコニコ出迎えてくれるのなら、俺も続けられると思うんだ。ちょっと間違えたくらいで怒られるんじゃ、やってらんねーよ。」
グラウンドの男の人は、休む間もなく今度はボールを蹴り始めました。あの人は確か、川のそばにある青いサッカーチームの選手、Jリーガーだ。いっつも走っているし、ひとりでボールを黙々と蹴っているんだ。誰も見てないのにね。
「まぁ、オフクロは文句言いながらもメシ作ってくれるし、小遣いくれるし、オヤジは『最近どうしてる』とも聞かないで俺のゲームやってたりする。だから別に働かなくたって、しばらくはやってけるさ。俺に必要なのは、俺が知らない俺の才能を見極めて俺のステージを整えてくれる人だよ。そのチャンスが来たら、俺だって!」
・・・そうだ、おいらはご飯を探してる途中だったよ。今日は朝から何も食べてないんだ。兄ちゃんと違って、おいら自分で探さないと生きられないから。わんわん。また今度ね。
(2005.9月掲載) |